第272話 『 自分でなんかしてませんから⁉ 』


 ――最初に言っておこう。久しぶりに美月とするから、手加減なんてできない。


「――んんっ。晴さっ……」


 息も絶え絶えになる美月を細目に見ながら、晴は乱暴な口づけを続ける。


 いつもなら美月の反応を窺いながらするものの、今日は自分の欲望が先行してしまっている。


「……言ったろ。覚悟しとけよ、って」

「ぷはぁ……はぁはぁ、それはそうですけど、でももう少し余裕を……んっ」


 美月が言い終わる間もなく、晴はまた美月の唇を奪う。


 舌を絡ませて、彼女と自分の唾液を混ぜる。その次は、首を舐めながら母性に誘われるように豊満な双丘の片方へ。


「胸っ、そんなに舐めちゃ……や、ですっ」


 ビクッ、と肩を震わせる美月。その反応が可愛いから、制止も構わず甘噛みする。


 嬌声と熱の籠った吐息が部屋に木霊する。


「美月。触って」


 そう促せば、彼女は荒い呼吸を繰り返しながら視線を下げる。


 少し抵抗するような素振りをみせた後、美月はゆっくりと晴の下半身に手を伸ばした。


「わっ。晴さんのココ、いつもよりおっきくなってます」


 硬いものを握った瞬間。紫紺の瞳がわずかに見開いた。


「そりゃ何週間もしてなかったからな。溜まった分、大きくもなる」

「……その言い方だと、その、一人でしてなかったんですか?」


 恥じらうような素振りをみせながら問う美月に、晴はすぐに意味を理解するとこくりと頷いた。


「当たり前だろ。変に機嫌を損ねるのも嫌だったしな。だから、お前とセックスするようになってからはそういうのは絶ってる」

「それくらいで不機嫌になったりは……」

「本音は?」

「……晴さんが私以外の人でそういう妄想しながらするのは、すごく嫌です」

「素直でよろしい」


 露骨に嫉妬する美月に、晴は苦笑しながら頭を撫でた。

 美月という妻は実に単純なので、拗ねることなど容易に想像がつく。

 だから、


「旦那を我慢させた分、頑張って気持ちよくしてくれよ、奥さん」

「――っ。いいですよ。私で、たくさん気持ちよくなってください」


 艶やかに微笑んだあと、美月は止めていた手を動かし始める。


「はぁ。はぁ……晴さんの、すごく熱いです。焼けちゃいそう」

「それは比喩が過ぎないか?」

「そんなことありません。本当にとても熱くて、硬くて、大きいです」


 華奢な手を余すことなく使って奉仕する健気さと、晴のそれを見つめる艶美な表情がなんとも煽情的だった。


 ただ、自分だけ気持ちよくしてもらってるのもなんだか申し訳ないので、


「――ひうっ」


 途端可愛らしい悲鳴が上がったのは、晴の指先が美月の下半身に触れたから。


「気持ちよくさせてもらってるお返しだ」

「そ、そんなお返し、要りません」

「とか言いつつ、こっちは反応してるな」


 自分の方からも淫らな音が聞こえるが、美月の方からはもっと大きく水音が聞こえる。


「もうだいぶ濡れてるな。リビングでキスした時から感じてたのか」

「か、感じてないですっ」


 真っ赤な顔で否定するのが答えのようなものだ。

 はいはい、と適当にあしらいつつ、


「俺もかなり興奮してるけど、お前も興奮してるんだな」

「晴さんより、してないです」

「ほーん。ならこの中はどうしてこんなになってるんだろうな」

「やっ。指、そんなに動かしちゃ、ダメっ……」


 美月の動いていた手が止まって、頬が硬くなる。


「そこっ、感じちゃうから……やっ、です」

「知ってる。お前が気持ちいい所は知ってるから。だから止めない」

「いじわるっ……ああっ」


 確かに意地悪だ。でも、美月の気持ち良さに抗っている様と、蕩けていく顔が愛らしくて手を止めようにも止まらないのだ。


「晴さっ……そこ、そこっ。いいです」


 思考が白熱しすぎておかしくなったのか、先程までは抵抗していた美月が段々と素直になっていく。というより、抵抗が無駄だと悟ったのかもしれない。


「ここか?」

「んんっ!」


 と美月が反応した箇所にぐっと指の力を込めれば、一際に大きな嬌声が響いた。


「晴さん。キス、して」

「ほら」

「……んむぅ」


 甘えた声で懇願されて、断る理由なんてない。


 唇を押し付けて、舌を絡めて、美月というこの世界でただ一人の女性を貪る。


 ふわりと漂ってくるシャンプーの甘い香りと、室内を満たす淫靡な音に脳がくらくらとしてくる。


「晴ひゃん……気持ちい。気持ちい、いです」

「もっと気持ちよくなっていい。お前が感じてるなら、俺も本望だから」


 妻の乱れた姿が、晴をさらに滾らせてくる。

 その言葉に応えるように、美月の身体は強く反応して。


「はあっ。晴さんの指、好きっ。弱いところ、ずっと攻めてきてっ……んんっ! やっぱり、自分でするのと、全然違うっ」

「そうか。自分でする時と違うか……ん?」


 何か聞いてはいけない単語が聞こえた気がした。


 思わず指が止まって美月を見れば、彼女もハッと我に返るとわなわなと口を喘がせる。


「いや、今のは違くてっ! ……じ、自分で触ったりなんかしてませんからね⁉」

「その慌てようが答えみたいなもんだろ」

「~~~~っ⁉」


 トドメを刺せば、途端、美月の顔がこれまで見たこともないほどに真っ赤になっていく。


「違います! 自分でしてなんか、断じてないです! ましてや最近してなかったら頻度が増えたとか、そんなんじゃありませんから!」

「おおぅ。捲し立てるように墓穴を掘ってくな」


 美月の自爆具合に流石の晴もドン引き。

 そんな晴の視線に、美月は真っ赤になった顔を掌で覆った。


「ううっ。もうやだぁ。これじゃ変態だと思われるぅ」

「べつに欲求を発散することは男じゃなく女もあるだろ。そこは引いてない」


 が、


「まさか、俺の知らないところで奥さんが自慰行為をしてたのは驚いたなぁ」


 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべれば、美月はうぅ、と情けない声をもらす。

 詳しいことは攻めながら聞くか、と邪な思考を挟みつつ、


「そんなに欲求不満だったのなら、遠慮せずに誘えばよかっただろ……いや、何回か誘われたか」


 あれは揶揄っているだけだと思ったのだが、どうやら本当に晴としたくて誘っていたらしい。


 それに気づくと、美月は「覚えてません」と露骨に視線を逸らした。


「まぁ、覚えてようが覚えてなかろうがどっちでもいい。ただ、そうだな。次からはもう少し、ヤる回数を増やしてもいいかもな」


 たとえば、週に一回から二回くらい。


「美月はどうしたい?」

「し、知りませんっ」


 挑発的に問い掛ければ、美月はそっぽを向いてしまう。

 そんな美月を晴が逃がすはずもなく、


「そのまま黙ってるなら、毎日だって構わないぞ?」

「~~っ。……そんなにできないくせに」

「どうだろうな。俺は、お前の思っている以上に性欲が盛んで、お前を愛してる」


 だから、


「どうする? 毎日ヤるか?」


 頬に手を添えてそんな問いを投げれば、美月は唇をきゅっと結んだあと、


「そ、それは私が大変なので、遠慮します」

「なら代わりに、する時はたくさん気持ちよくしてやる」


 と言えば、美月は「それも遠慮します⁉」と全力で拒否したのだった。



 ―――――――

【あとがき】

これで終ると思った? まだ続くよ!


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