第271話 『 ご褒美に、いっぱい私を味わってください 』
波乱だった文化祭もようやく落ち着き、美月も冬真と千鶴の普段と変わらない様子を見て心配しなくても大丈夫そうだと判断した。むしろ、改めて〝友達〟になったせいか、以前より親密になっているように見えた。
兎にも角にも、これ以上美月が二人のことを考えても時間の無駄だろう。そっと見守る、という立場を選んだ以上、無遠慮に足を踏み込むこともよくない。
それに、二人の関係が変化こそあれど良好になったのならば、美月も思いっ切りあの人に甘えられる訳で。
そのあの人というのは、
「ねぇ、晴さん」
「なんだ?」
週末の夜。学校も終わり、夕食も食べ終え、お互いにお風呂に入ってリビングでリラックスしている最中、美月は晴の袖をくいくいと引っ張った。
「文化祭が終わったら遊園地に行く、っていう約束ですけど……」
「それがどうした? ちゃんと覚えてるぞ」
「忘れてるかと思って聞いた訳じゃありません」
じゃあ尚更何なんだ、と眉根を寄せる晴に、美月はスマホを見せながら言った。
「私、ここの遊園地に行きたいです」
「べつにどこの遊園地も大して内容変わらんだろ」
とロマンの欠片もことを言うラブコメ作家は、目を凝らしながら美月が開いたサイトを観る。
「なになに……クリスマスイベント開催! 期間は『12月11日~27日』まで。さらに24・25日は特別なライトアップショーがある、と」
とウェブサイトに表示されたイベント内容を読み上げた晴は、美月が言いたいことを察したような息を吐いた。
「なるほどな。お前はそのライトアップショーを観たいと」
こくりと頷く。
「はい。ダメ、ですか?」
「お前の頑張ったご褒美だから好きにすればいい。ただ、それだと結構な時間が空くがいいのか?」
「えぇ。貴方とこれを観られるなら、三週間くらい我慢できます。それに、晴さん来週は予定が詰まってるでしょう」
「まぁ、無理すれば行けなくはないが、それだとこのショーが観られないもんな」
「べつに一度と言わず、二回行ってもいいんですよ?」
「体力ないから無理」と即却下された。
むぅ、と頬を膨らませつつ、
「だから、この24日に行きましょうと行ってるんです。ちょうど私も冬休みに入りますし」
「そうか。もうそんな時期か。一年早かったなー」
「そうですねー……じゃなくてっ」
思わず耽る晴につられそうになるも、かぶりを振って正気に戻る。
「24日。遊園地デートをする、それでいいですね」
「いいぞ。その週なら特に予定もないしな」
「入れたら承知しませんからね」
「……肝に銘じておく」
これで言質を取ったので、晴と24日に遊園地デートをすることが決定した。
「ふふ。貴方と遊園地デート。しかもクリスマスイヴに」
嬉し過ぎて、勝手ににやけてしまう。そんな様子を晴に見られて、美月は恥ずかしくなって頬を赤らめる。
「そんなに楽しみにされるとなんだか嬉しいもんだな」
「べ、別にいいじゃないですか。クリスマスに好きな人と一緒にいられるんですから」
「なら家でもいい気がするが」
「それは味気ないので嫌です。どうせなら24日・25日のどちらかは晴さんと一緒にいたいので」
できれば両日ずっと一緒にいたいが、美月にはアルバイトがあるのでそれは無理だった。
「てかお前、よくその日にバイトの休み取れたな。繁忙期だろ」
「chiffonのルールなんです。24日か25日は必ずどちらか休みを入れてもらえるんですよ」
「なんだその神仕様は。マスター良い人だとは知ってるけど、それを業務まで反映させるとか善人を超えて聖人だな」
と驚く晴に、美月もそうですね、と微笑みをこぼす。
「25日はお仕事ありますけど、帰ったらご馳走作る予定なので、楽しみにしててくださいね」
「マジか。それは嬉しいが……でもあんま無茶はし過ぎるなよ」
旦那の気遣いに胸がきゅんっとなるも、今はどうにか持ちこたえる。
「心配してくれてありがとうございます。でも、これは私がやりたくてやっていることなので、なので晴さんは当日を期待して待っててください」
「ん。期待して待ってる」
淡泊に頷いた晴に、美月は内心で気合を入れる。
晴と過ごす初めてのクリスマスだ。ならば俄然、特別なものにしたいという気持ちが強くなる。勿論、日頃晴を巡って喧嘩が絶えないエクレアにも、ご馳走を振舞うつもりだ。
そんなクリスマスの約束も取り付けて、
「……それでその、晴さん」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
少し晴との距離を詰めて名前を呼べば、晴は怪訝な顔をした。
そして、晴の疑問に美月は無言のままこくりと頷くと、頬を朱に染めながら袖を引っ張った。
「その……遊園地に行く約束とは他に、もう一つ約束してましたよね」
「もう一つ?」
はて、と小首を傾げる晴。
美月の質問に見当がついていないような反応を見せる晴に、美月は恥じらいながら続けた。
「ほら、私の気持ちに整理がつくまで、待ってるって」
「待つ? 何を?」
どうやら本気で忘れてしまっている旦那様。そんな旦那に呆れながらも、美月は深く息を整えながら続ける。
「だからその……文化祭が終わったら、するって言ったじゃないですか」
と蚊の鳴くような声で言えば、晴は「文化祭……する……」と記憶を辿るように呟く。
そして数秒後。あぁ、と晴はうなった。
「たしかに言ったな。気持ちの整理がつくまで待つって」
「やっと思い出しましたか。……その、お、お待たせしました」
息を整えて、しっかりと晴を見つめながら告げた。
「心の整理、つきました。なので、もうおっけーです」
紫紺の瞳を揺らしながら合図を出せば、晴はゆっくりと頬に手を添えて尋ねた。
「本当に、もういいんだな?」
「はい。待たせてしまってすいません」
「気にすんな。前にも言ったろ、こういうのはお互いを満たす為にするから意味があるって」
そう言いながら、晴は少しずつ顔を近づけていく。
「でもまぁ、我慢してたのは事実だから、お預けくらった分、今夜は覚悟しとけよ?」
「大丈夫です。覚悟できてます。なので、ばっちこいです」
近づいてくる顔を直視できなくて思わず瞼をギュッと瞑れば、それを皮切りに唇に唇が触れてきた。
「――んんっ」
我慢させてしまったからなのか、いつもは優しいキスが今日は最初から荒々しかった。
一秒では決して離れない唇は、美月の唇の柔らかさを堪能するように押し付けてくる。
まだ深い口づけをしている訳でもないのに、心臓は既にバクバクだった。
「……はぁはぁ」
興奮している。そう自分で分かるのは、離れた唇からこぼれる吐息だった。
数十秒経ってようやく唇が離れると、開いた瞼の先には飢えた獣が美月を見つめていて。
「……ベッド、行くか」
「はい。でも、もう一回キス、して欲しいです」
「いいけど、今度は舌入れるからな?」
「いいですよ。深いキス、してください」
「俺の理性、保つかな」
「ベッドに行くまでは、頑張って保ってください。その後はもう、好きにしていいので」
「ん。加減はできないと思うから、先に謝っておくわ」
「いっぱい私を味わってください。これは今日まで我慢した、私から晴さんへのご褒美です」
「可愛いこと言ってくれるな。なら遠慮なくいただくとするかな」
「好きなだけ召し上がってくださ――んんぅ」
美月が言い終わる間もなく、唇を重ねる。
身体が奥底から火照っていくのを感じながら、美月は久しぶりに晴と濃密な夜を過ごしていく。
―――――――――――
【あとがき】
お待たせしました。次回、エチチ回です。更新は7時3分!!
朝からムスコが元気になるってマ⁉
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