第270話 『 もう一度、友達になろう 』


 美月がファインプレーを魅せるのとほぼ同時刻、冬真と千鶴はあの日のように屋上にいた。


「一限目、サボちゃったね」

「……う、うん」


 ぽつりと呟く千鶴に、冬真はぎこちなく返した。

 気まずい。


 告白されて、それを振ってしまった相手とこうして二人きりの状況だ。何を話せばいいのか分からないし、どうすればいいのかも冬真には分からなかった。


 そうやって沈黙していれば、


「冬真は何も悪くないよ」

「――ぇ」


 不意に耳朶に届いた言葉に、冬真は理解できずに呆ける。

 そんな冬真に、千鶴は校庭を見ていた視線を向けながら、


「冬真のことだから、きっと告白を振ったことに罪悪感が抱えてるんじゃないかと思ってさ。だからこうして、ちゃんと言ってあげたかったんだよね」

「そんな、四季さんがどうして、僕を心配するのさ」


 不思議、というより理解ができなかった。

 だって、相手は自分を振った男だ。それなにどうして、千鶴が慮る必要がある。

 そう苦悩する冬真を、千鶴は「ほら」と微笑を浮かべながら言った。


「冬真は優しいから、そうやってネガティブな感情で自分を傷付けるでしょ」

「……っ。それは……」


 まるで心を読み取られたかのような指摘に奥歯を噛めば、そんな冬真を見ながら千鶴は続けた。


「冬真、たぶん家に帰ってからずっともっと上手い断り方はなかったかとか、私が泣いてたらどうしよーとか、あの時告白をオッケーしてたら良かったとか、考えてたんでしょ?」

「……四季さんはエスパーですか」


 文化祭から今日学校に来るまでの冬真の思考を完全に読み取られたことに頬を引きずれば、千鶴は穏やかな笑みを浮かべながらふるふると首を振った。


「エスパーじゃなくても分かるよ。だって私は、それくらい冬真を見てたから」

「――っ‼」

「冬真が優しくて、友達想いで――ミケ先生を好きだってことくらい、見てたら分かるよ」


 その言葉で、冬真は自分が千鶴にどれほど想われていたのかようやく理解する。

 彼女はずっと、冬真を見てくれていたのだ。それこそ、友達以上に。

 友達以上に見てくれていたけれど、それはもう終わってしまって。


「無謀でも、冬真にはちゃんと気持ちを伝えておきたかった。ううん。隠しきれなくて、抑えきれなくてつい告白しちゃったんだ。本当ならもっと距離を縮めてからすべきだったのに、ミケ先生に冬真を奪われたくなくて先走っちゃった」


 失敗した、と千鶴はカラカラと笑った。


「だから冬真は気にしなくていいの。ていうか、気にされてる方が嫌だ」

「……でも」

「そんな顔しないでよ。私は冬真の笑ってる顔が好きだから」


 そう言われても、うまく笑うことなんてできなかった。


 千鶴の言葉で今まで抱えていた不快感が薄まったのは事実だ。けれど、どうしても千鶴に対する罪悪感はまだ拭えなくて。


 そんな冬真を見かねたのか、千鶴は辟易とした風な嘆息すると冬真の胸に拳を充ててきた。


「なら、冬真の気分が晴れるようにしてあげる」

「い、痛いのじゃなければ、なんでもやるよ」

「じゃあ痛いのにしようかな~」

「意地悪だ⁉」


 愕然とすれば、千鶴は「冗談だよ」とカラカラと笑った。


 またいつものように揶揄われたのだと気付くと、冬真は少しだけ張っていた緊張感が緩んだ。


 けれど、それはまたすぐに糸を張って。


「よし。じゃあ、私のお願いを言うね」

「ど、どんと来てくださいっ」


 息を飲んで、千鶴からの報いを受ける覚悟を決める。

 そして千鶴は、冬真に告げた。


「これからも、私と友達でいて」

「――ぇ?」


 千鶴の報い――否、千鶴の懇願に、冬真は困惑する。


「なに、その反応」

「い、いや、そんなの罰でもないでもないから……」

「はぁ? なんで私が冬真に制裁をしなきゃいけないの?」

「だって! 僕の気が晴れるようにって……」


 てっきりビンタなり腹パンなりされると思ったから、千鶴の要求はあまりに拍子抜けだった。


 唖然としている冬真に、千鶴は呆れた風に嘆息しながら、


「あのねぇ、振られた腹いせにビンタする女子なんてこの世にはいないよ」

「いないの⁉」

「冬真の女子に対する偏見エゲツないね……やっぱり冬真はミケ先生と距離を縮める前に、もう少し女心勉強した方がよさそうだね」


 肩を落としながら、千鶴は続けた。


「冬真は、私を振っちゃったから、もう元のような関係にはなれないって思ってるんでしょ」

「――っ」


 図星だった。

 頬が引きつれば、千鶴はやっぱりと苦笑。


「それは正解だよ。私と冬真は、もう前みたいにただ仲のいい友達には戻れない。当然だよ。簡単に踏ん切りがつくわけじゃない」


 それは冬真も同じだ。


 告白されて、それを振って。じゃあまた元通りの友達に戻りましょう、なんて器用な真似はできない。


 千鶴はだからね、と冬真の目を真っ直ぐに見つめながら、


「また最初イチから、冬真と友達になりたい」

「――っ!」


 それは懇願などではなく、告白だった。


 一度、友達としての関係はあの時の告白で終わった。もう、千鶴が冬真とは友達として関係では満足できなくなってしまったから。


 冬真も千鶴も、お互いを友達として見ることはもうできなくなってしまった。


 けれど、それは何度だって本人の意思次第で築き直せるものだ。


 あの日、一度二人の関係は終わりを迎えた。そしてまた、季節が巡り合うように――


「僕も、四季さんにお願いがあります」


 ごしごし、とズボンで手を乱暴に拭って、冬真は手を伸ばした。

 これは、冬真が初めて人にすることだ。

 成り行きなんかではなく、誠心誠意を込めた、お願い。


「四季さん。僕も、もう一度アナタと友達になりたいです。――僕と、友達になってくれませんか?」

「――――」


 それはまるで、告白のように。

 必死で、懸命で、陰キャ根暗男子が振り絞った勇気の一歩。

 それを千鶴は――、


「あはは。なんかそれ、告白みたい」


 可笑しそうに笑った。

 笑いながら、千鶴は震える冬真の手を握った。


「うん。私も冬真と同じ気持ちだよ。――もう一度、友達になろう」


 にしし、と千鶴はいつものように可憐な笑みを咲かせた。


「ありがとうございます、四季さん!」

「ふふ。これからも友達として冬真を揶揄うから、覚悟しとけよ~?」

「そ、それは程々にお願いします」


 晴天の元、冬真と千鶴は笑いあう。

 こうして冬真は、千鶴ともう一度友達になったのだった。


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