第269話 『 文化祭のその後と全力土下座 』


 文化祭の振り替え休日も終わり、月波高校の学生たちはいつも通りに登校してくるのだが、その中で一人だけ、忍び足で廊下を進む男子生徒がいた。


「……変な噂が流れてませんように。変な噂が流れてませんように」


 そう必死に懇願しながら教室に向かうのは、つい先日とある女子生徒の告白を断ったばかりの陰キャヲタクこと、金城冬真だった。


「……うぅ。教室に入りづいらいなぁ」


 彼女が既に登校していると思うと、どんな顔をして挨拶をすればいいのか分からなかった。


 そうやって教室の一歩手前で尻込みしていると、


「何してるの、冬真くん?」

「――ひぃ⁉」


 綺麗な黒髪が眼前で揺れて、逡巡している冬真を覗き込んでくる。

 眉根を寄せる美月に、冬真は素っ頓狂な悲鳴を上げながら土下座した。


「ずびばぜん! ずびばぜん! 先日の件はどうかお許しください! クラスカースト上位である人からの告白を断るなんて無礼だとは重々承知しておりますが、僕にも心に決めた人がいて……」

「キミはさっきから何を言ってるの?」


 全力で土下座しながら謝罪していると、美月は心底不思議そうに首を捻る。

 冬真は「ひょえ?」と目を瞬かせて、


「何って……四季さんの告白を断ったことで、美月さんたちから非難轟々を浴びせられるのかと」


 呆気取られながら言えば、美月は「そんなことするはずがないでしょ」と呆れた風に嘆息。


「まず確認なんだけど、冬真くんは千鶴に謝らなきゃいけないことをしたの?」

「それはっ! ……」


 千鶴の告白を断ったことに、罪悪感はある。けれど、それを謝罪しなければいけないことかと問われれば、違う気がした。


 あの時。冬真も覚悟を決めて千鶴の告白に答えを出したのだ。


 それを、過ちだったとは思わない。


「僕は、僕なりに考えて、あの日四季さんに答えを伝えたつもりです」

「そうだよね。なら、冬真くんが誰かに謝る必要はないよ」


 本音を吐露すれば、美月は微笑みを浮かべてくれた。

 その表情を見て冬真も安堵するも、


「でも、私の大切な友達を泣かせたことは許してないからね」

「いや本当にすいません! 一生許さなくていいです!」


 表情はそのままだが、声音には静かな憤りを感じた。

 再び全力で土下座すれば、美月は辟易とした風に吐息した。


「ほら、いつまでもそんなところで土下座してないで、教室入ろうよ。いつまでもそうしていられると、なんだか私が冬真くんをイジメてるみたいに見られるから」


 たしかに美月の言う通り、通り過ぎる生徒たちは二人を不思議そうに見ている。

 注目を浴びるのが苦手なので、とりあえず立ち上がりはしたが、


「……四季さん。もう来てる?」


 恐る恐る美月に訊ねれば、彼女はふるふると首を横に振った。


「ううん。まだ来てないよ。千鶴、いつも登校は遅いから」


 それなら冬真も知っている。が、時間的にもそろそろ登校しないと朝のホームルームが始まってしまう頃だ。


「まさか、今日来ない、なんてことはないよね」

「どうだろう。千鶴からは今日は休む、なんてメール来てないから、向かってるとは思うんだけど」


 少しだけ、心配になる。

 けれどそんな不安を抱えていのかと、疑問が生まれてしまって。


「…………っ」


 そんなジレンマに終止符を打ったのは――


「おはよ。みっちゃん。冬真」

「――っ。四季さ――」


 千鶴の声が聞こえた気がして、冬真は下がっていた顔を上げた。


 そしてその瞬間。冬真の顔から一気に血の気が引いていく。


 それは何故か。


 散々泣いたことを物語らせるように、千鶴の目尻に赤みが残っていたからだ。


 それを見た瞬間、決意とか後悔とか、そういう葛藤の全部がどうでもよくなって、


「本当にすいませんでした――――――――――――っ⁉」


 冬真は千鶴に土下座したのだった。


 ▼△▼△▼▼



 朝のホームルームも終わり、一時間目の授業が間もなく始まる。


「あれ、そこの二席、なんで空いての?」


 欠伸をしながら入って来た教師の疑問に答えたのは、その後ろの席にいる美月だった。


「二人とも体調崩して、それで今は保健室に行ってます」

「朝から二人も⁉ しかも隣同士って……まさかサボりじゃないだろうなぁ」


 懐疑的な視線を送る教師。だが美月はふふ、とたおやかな笑みを浮かべ続ける。


「最近風邪が流行ってますし、それに文化祭が終わった直後ですから、気の緩み、ではないですけど、溜まった疲労が出てしまったんだと思います」

「まぁ、二年生は文化祭の前に修学旅行もあったからな。聞けば他のクラスもぽつぽつと休みが出てるらしいし、体調崩すのも無理もないか」


 それに瀬戸が言うなら間違いないだろう、と優等生のおかげで簡単に教師は美月の〝言い訳〟を信じてしまった。


 クラスメイトと可憐はその話術ぶりに感嘆している中で、教師は名簿にチェックを付ける。


「じゃ、四季と金城は欠席と……うし、じゃあ先生も面倒だけど授業始めるぞー」


 そんなやる気のない号令を、生徒たちもやる気なく返す。

 そんな中、うまく誤魔化せて安堵する美月に可憐が親指を立てた。


「グッジョブ。みっちゃん」

「あはは。悪いことしちゃった」


 罪悪感はあれど、これも世話の焼ける友達の為だ。


「しっかり話し合ってね、二人とも」



―――――――――――

【あとがき】

木曜日はお休みになります。体力に余裕があったら番外編が上がると思いますが、ネタがないんだよなぁ。


こんな話がみたい! というリクエストも募集してますので、作者がいいね! と思ったらお話として上がるかもしれないよ! 

 


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