特別編 『 美月と結婚する前のお話 】
これはまだ、晴が美月と出会う前のお話。
「うぃっす晴」
「今日も来たのか」
人の家の合鍵を使って部屋に侵入してきたのは、同じ作家で友達(?)の浅川慎だった。
「一応インターホンは押したさ。でも、お前のことだろうから面倒がって出迎えないと思ってさ。勝手に上がった」
「それもう不法侵入だからな?」
「まぁまぁ、友達のよしみってやつで見逃してくれよ」
それをもう何十回も聞いている。
ただ今更それを指摘するのも面倒なので、嘆息を吐くと晴は勝手にしろ、とパソコンに視線を戻した。
「俺執筆してるから、本読むなりゲームするなり、部屋探索なり好きにしてていいぞ」
「お前は相変わらず執筆以外に無頓着だな。そのさ、心配とかないの?」
「心配? 何を心配するんだ?」
と執筆を再開させながら眉根を寄せれば、慎は「ほら」と前置きして、
「俺がお前の貴重品盗むとかさ」
「この家に高価なものは存在しない」
「お前そういうの興味ないもんな。そうでなくともさ、財布とか、通帳とか」
「欲しけりゃくれてやる」
「海賊王かお前はっ……はぁ、本当にお前は小説以外に興味ないのな」
「金とメシさえあれば生きるのには苦労しない。そして、その生きる為の手段として小説を書いてるだけだ」
それが仕事だろ、と言えば、慎は苦笑しながら肯定した。
「ま、お前が万が一にでも俺の物を窃盗したら、即刻警察に通報するから安心しろ」
「安心できるかっ……はぁ、冗談じゃん。友達のものなんか盗まないから」
だから警察には通報するなよ、と嘆息交じりに言いながら慎は執筆部屋から去ろうとした。
「そうだ。晴、お昼何食べたい?」
「人の手料理は食わないと何度も言ってるだろ」
「そうつれないこと言うなよ~。こんな献身的な友達そうそういないぞ」
「誰もメシを用意してくれなんて頼んでない」
「ホント可愛くないなお前⁉」
なら付き合わなければいいのに、と胸中で呟く。
それから慎は辟易した風に嘆息して、
「いいから、メシ、何食べたい?」
「……なんでも」
「なんでもが一番困るって知ってるか?」
「知ってる。詩音が傑にそう言って怒られる回を書いたから」
詩音と傑とは、晴が書いている小説の登場人物である。
そう言えば慎は「息を吸うように小説のことを話すな」と何度目かの呆れをみせた。
「それを知ってるならなんでも、なんて言わないで欲しいんだけど」
「メシを食う気分じゃない」
「今はそうでも、数時間後にはお腹空いてるかもしれないだろ」
「そうしたらストックしてある軽食食うから安心しろ」
「そうですか、なんて頷ける訳ないだろ。晴、本当にそんな生活続けてたらいつかぶっ倒れるよ? ただでさえ、最近は眩暈とか頻繁に起こってるだろ?」
その指摘にはさすがに晴も苦虫を噛み潰したような形相になった。
「お前は大丈夫だって言ってるけど、見てるこっちとしてはハラハラさせられるの。定期的に休めって言ってるのに一向に聞かないし、さっきキッチンみたけど、カップ麺の容器もなかった。ろくにメシ食ってないだろ」
「食う暇があったら……」
「執筆する、なんてのはナシで頼むわ」
真面目な声音に言葉を遮られて、晴は口ごもる。
「お前が倒れるのは勝手だけど、それで面倒が掛かるのは四条さんやミケ先生たちだって忘れるなよ?」
「…………」
晴の担当編集者とイラストレーターの名前を引き合いに出されては返す言葉もない。
数十秒沈黙したあと、やがて晴ははぁ、と深い吐息を落とした。
「……チャーハンが食べたい」
ついに折れてぽつりと食べたい物を呟けば、慎は「ん」と静かに応じた。
「他には?」
「特にない」
「じゃ、他はこっちが勝手に用意しておくわ。どうせ俺も食べるし」
「……悪いな」
そう謝れば、慎は「気にしなくていい」と手を振った。
「俺も意外とこの家の居心地がいいから来てるし、それに本が充実してるからね。本を読ませてもらってるお代として、家事と料理してるだけだから」
「好きなだけ読んでいいぞ」
と淡泊に言えば、慎は「もう読ませてもらってる」と笑った。
「じゃ、俺メシ作ってるから、お腹空いたら部屋から出てきなよ」
「ん。あと三時間くらいしたら出る」
「長いわ⁉ もっと早く出て来い!」
それは自由だろう、と言うとまた小言をもらう気がしたので、それは胸に留めて置いた。
これが、晴がまだ美月と出会う前の生活。そしてその一部。
浅川慎という意外にも世話焼き上手な友達にお世話されていた頃のお話だ。
―――――――――――
【あとがき】
というわけで慎と晴の過去回でした。需要があれば、これから少しずつ晴の過去を掘り下げようと思ってます。
そして、今話でまた本作は3日ほど休載させていただきます。
理由としては、第5章が終わって作者の体力ゲージが0になったこと。そして、第6章のストックが欲し過ぎること。まぁ、明後日からお仕事が死ぬほど忙しくなって全然執筆できないんですけどねっ。
そして、ストックが欲しい理由は時間的に余裕が欲しいからではなく、新作を書く為です。いやぁ、2作同時に進めるとなると、やっぱ片方はどうしてストック欲しくなるのよ。
新作が上がるってことは【出会い系アプリ】の更新頻度が落ちるのでは? と心配する読者さんたちがいると思いますが、そこは安心してください。ちゃんと週6更新します。なので、引き続き晴と美月の夫婦の物語を、そして、ミケ先生と冬真くんの恋の行方を、慎と詩織の出番を楽しみにお待ちください。
とりあえずこの作品のゴールも見えて来たので、しっかりと完結できるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします!
では、また21日(月曜日)の更新をお楽しみにお待ちください!
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