第263話 『 手に入れられる青春と気付いた〝恋心〟 』


 何を言われたのか、理解できずに思考が停止する。


 ――好き? 誰が? 誰を?


 疑問がずっと頭の中をぐるぐると回って、それはまるで迷宮のように出口がない。


「あはは。冗談やめてよ四季さん」


 聞き間違いだ。そうだ。己惚れるな。早とちりするな。


 それを肯定して本当に聞き間違いだったら、間違いなく墓場まで持って行く失態だ。


 だから必死に作り笑みを浮かべながら、冬真は逃げる。


「どうせあれでしょ、また僕を揶揄ってるんでしょ。あっ、もしかして、好きじゃなくて、すき焼きって言いたかったのかな。寒い季節だしいいよねすき焼き。僕もす……」

「冬真が好きだよ」

「――っ」


 必死に逃げ口を見つけようと奔走する冬真を、しかし千鶴は決して逃がすことはなかった。


 真正面から好意をぶつけられれば、逃げることのできない冬真には疑問だけが残った。


 どうして自分なのか、という疑問が。


「やっぱり。冬真は全然気づいてくれなかったか」


 苦笑、というより呆れた風に吐息をこぼす千鶴に、冬真は胸に湧く疑問を声にする。


「そ、そんなのありえないよ。だって、僕が四季さんに好かれるようなことはなにも」

「してないって思ってるんだ。あれだけ散々優しくしてくれたのに」

「それは……っ」

「分かってるよ。冬真にとっては普通のことなんでしょ。でも、私にとってはそれが〝特別〟だった」


 まるで心を読んでいるかのように言う千鶴に、冬真は何も言い返せず奥歯を噛んだ。 


 葛藤する冬真を見ながら、千鶴は儚さを垣間見せる微笑みを浮かべて続けた。


「仲良くなる前は、冬真はずっといつも教室の端っこにいるよく分からないクラスメイトだった。でも、修学旅行で同じ班になった時から、冬真がいい人だって分かって、それから少しずつ学校でも話す機会が増えていって、面白くて、一緒にいて心地がよくて、優しい人だって知った」


 仲良くなっていった思い出を、この数カ月間の思い出を千鶴が語り始めていく。


「最初は、もしかしたら、だった。冬真と話すのが楽しくて、心地よくて……段々ともっとずっと一緒にいたいと思うようになった」

「――――」

「もうそこから、私は冬真のことを本気で好きになってたんだと思う」


 見つめれば、千鶴の瞳がいっそう強く潤んだような気がした。


 瞬間。理解する。


 四季千鶴という友達が、本当に自分のことを〝好き〟なんだと。


 ようやくそれに気づいた時、これまでの彼女の行動や言動に点と点が結びついて一本の線になった気がした。


「これまで散々揶揄われてるだけかと思ったけど、あれって全部、四季さんのアピールだったんだ」

「気づくの遅すぎ」


 苦笑する千鶴に、冬真はごめんと頭を下げた。


「ホント、鈍感でごめんなさい」

「いいよ気付いてくれたなら。それだけで私は満足してるから」


 やっぱり優しい。


 それと同時、自分に腹が立つ。


 自分はこれまで、気付かなかったとはいえどれだけ千鶴の想いを無下にしてきたのだろうか。


 思い返せば、何度か意識してしまうような出来事は多々あったはずだ。今日の文化祭だって。けれど、それを己に対する自信のなさで勝手に否定してきた。


 本当に、気付くのが今更だ。


「……やっぱり、僕と四季さんとじゃ釣り合わないよ」


 ぽつりと、そう呟けば、冬真はまた己の弱さを呪った。


 どれだけ一歩前に踏み出そうとも、進んでも、心の在り方というのは簡単に変わる訳じゃない。


 それを、再び思い知って――


「釣り合うか釣り合わないかなんて関係ない」


 その弱さを、千鶴がばっさりと切り捨てた。

 下がった顔を上げれば、わずかに怒りをみせる千鶴が冬真を見つめていて。


「私は、冬真が好きなの。初めてこの人ともっと一緒にいたいと思える相手ができたのっ。それが冬真だったの!」

「――――」


 段々と、千鶴の声に熱が灯っていく。


「文化祭で頑張ろうと思えたのも冬真が応援してくれたから! みっちゃんや可憐と同じくらい大切で好きになったのが冬真だった! 鈍感激ニブモブ主人公に好きだって気付いてもらう為に必死にアピールしてたのは冬真に振り向いて欲しかったからなの!」

「わ、分かったから四季さん! 四季さんが僕を好きだってことはよく分かったからっ、だから一旦落ち着こう⁉」


 ヤケクソ気味に恋慕を吐露する千鶴を、冬真は狼狽しながら必死に宥める。

 ぜぇぜぇ、と荒い呼吸を繰り返しながら、千鶴は目尻に涙を浮かべて言った。


「こんだけ女子に言わせといて、冬真くんは何もナシですか」

「――っ」


 千鶴の言う通りだ。


 ここまで懸命に想いを伝えてくれたのに、男の冬真が黙っているだけなのは千鶴に失礼だ。


 千鶴に催促されて、冬真は胸中に湧く感情をぎこちなく伝えた。


「ええと、その……四季さんが僕のことをす、好きになってくれたのは、正直未だに信じられないですが……で、でも、とても嬉しい、です……はい」

「そ、そっか」


 我ながらにキモイ返し方だ、と幻滅するも、けれど千鶴は嬉しそうにはにかんでくれた。 


「僕も、四季さんと一緒にいるのはすごく楽しかったし、新鮮でした」


 きっと、こんな青春はもう二度とありはしないだろう。


 陰キャで、根暗で、まだまだ人見知りで話すことが苦手で奥手な自分だ。


 そんな冬真が、この先千鶴という女子以外に仲良くなれる未来なんて想像できない。 


 ――これは、チャンスなのでは?


 ふと、そんな思惟が胸に湧いた。


 千鶴と付き合えば、憧れたラノベのような甘い青春を送れるかもしれない。


 好きなものを共感しあったり、学校で皆には内緒で手なんか繋いだり、それこそ休日はデートなんかしたり――そんな青春を送れるチャンスが、ついに冬真に巡ってきたのだ。


 それを掴まないほうが、バカだ。


「(そうだ。僕は、僕の幸せを掴めばいいんだ)」


 今なら、それを手に入れられる。

 だから、


「四季さん。僕と……」


 これでようやく、自分はぼっちじゃなくなる。


 やっと、自分にも恋人ができる。そんな歓喜に胸を弾ませながら、千鶴の手を握ろうとした――その刹那だった。


 ――キミは本当に頼りになるアシスタントっすねぇ。


 ふと、そんな言葉が脳裏に過った。


「――っ⁉」


 一つ。思い出した瞬間。それは次々と押し寄せてくる。


 ――冬真くんのご飯ウマッ⁉ 一家に一台は欲しい男子っす‼


 言葉とともに、彼女との思い出が溢れ返ってくる。


 ――へぇ。冬真くん、このキャラ好きなんすね。暇だし描いてあげますよ。


 あの生活の楽しさと、驚きと、確かに感じていた幸せが、離れようとした心を引き留める。


 ――私は、冬真くんの幸せを願うっす。


 それは溢れかえっては止まらなくて。


「(あぁ、気付いてしまった)」


 脳裏に最愛の人の――ミケの顔が浮かんだ瞬間、


「ごめん。四季さん」


 冬真は目の前の少女に頭を下げていた。

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