第262話 『 ――私、冬真が好き 』
今年の文化祭も無事終了。盛り上がりを魅せた文化祭は依然と余韻を残していて、各教室は後始末や打ち上げで盛り上がっていた。
そんな中で二人だけが、外の冷たい風を浴びていた。
「うわ、もう真っ暗じゃん」
「もうすぐ十二月になるからね。暗くなるのはあっという間だよ」
屋上にて。冬真と千鶴は夕焼けの落ちていく景色を眺めていた。
「ありがとね、四季さん。ゴミ運ぶの手伝ってくれて」
「気にしなくていいよ。てか、冬真はもっと人を頼ったほうがいいと思うよ」
「あはは。そういうの苦手で。それに、そんなに重くなかったからつい」
「いや意外と重かったじゃん。冬真、力持ちには見えないよ」
たしかに小枝みたいに細い腕だし、実際非力なほうだ。
けれど、ゴミ袋程度の運搬もできないようなもやしではない。
「あれくらいなら、よ、余裕だし」
「ならちゃんと言い切りなよ。不安なのがバレバレだよ」
くすくす、と笑う千鶴に、冬真は少しだけ羞恥心を覚える。
見栄を張ったことが容易く看破されてしまって、男としてなんとも情けなかった。
「でもわざわざ手伝ってもらわなくても……僕と一緒にいるより、美月さんたちと教室で打ち上げしてたらよかったのに」
そう言えば、千鶴はむぅ、と拗ねた風に頬を膨らませた。
「また卑下するような言い方をする。私が冬真の手伝いをしたいと思ったからやっただけ」
「でも……」
「でも、も何もないっ。私が冬真と一緒にいたかったの!」
「――えっ⁉」
千鶴の言葉に思わず頬を朱く染めれば、数秒遅れて千鶴も顔を真っ赤にした。
「い、いや違くて! 今のは語弊というか言い間違いというか……と、とにかく、冬真一人に仕事を押し付けるのが嫌だったの!」
分かった⁉ と強く念押しされて、冬真はこくこくと頷いた。
それから、千鶴は大仰にため息を吐くと、
「なんか、冬真と一緒にいると、テンパってばかっただな私」
「ご、ごめんね?」
「なんで冬真が謝るのさ」
なんとなく申し訳ない気がして頭を下げれば、千鶴は失笑した。
それから、千鶴はフェンス越しに夕焼けを見つめながら呟いた。
「冬真といるとさ。なんだか自分が自分じゃないみたいな感覚になるんだよね。すぐにテンパちゃったり、些細なことではしゃいじゃったり……冬真とこうやって話す前の私は、もう少し余裕があった」
それが変化というのか、それとも成長というのかは冬真には分からなかった。もしかしたら、冬真と関わったせいで退化してしまったかもしれない。
「ラノベなんて……冬真と出会わなきゃ絶対に読むことなんてなかった。なのに今じゃ、冬真と好きなシーンを熱く語り合うヲタ友になっちゃったよ」
「それは、うん。本当にごめん」
なんだか千鶴を穢してしまったみたいな気分になって、冬真は本気で頭を下げる。
あのヲタクの世界とは無縁だった千鶴を冬真たちの世界に引き込んでしまったのだ。どっぷりと。ならば当然、申し訳なく思うわけで。
頭を下げる冬真に、千鶴はくすっと微笑んだあと、挑発的な眼差しを送りながら問いかけた。
「ならヲタクにした責任、取ってくれる?」
「――っ⁉ そ、それはどういう責任ででしょうかっ」
「あははっ。冬真慌てすぎ。冗談だよ」
一瞬。その声音が真剣みを帯びていたから思わず身構えたが、直後の笑い声で空気が霧散される。
「もう。揶揄いが過ぎるよ、四季さん」
「ごめんごめん。冬真がいつも面白い反応してくれるから」
「僕は四季さんの玩具じゃないんですけど」
「知ってる。冬真は私の友達でしょ」
脱力すれば、千鶴は背中を叩きながら「でも」と前置きすると、
「責任取ってくれるなら、本当に取ってくれてもいいんだぞ?」
見惚れてしまうような可憐の笑み。それに胸の心臓が一気に跳ね上がる。
それを必死に隠しながら、冬真は平常を装って会話を続けた。
「責任て……たとえばどんな?」
「そうだなぁ……あっ、毎月私にラノベの新刊頂戴」
「それくらいならまぁ、いいかな。むしろ貢ぎたいくらいだよ」
「いいいのかよっ。しかも乗り気だし」
ヲタク怖、と千鶴が呆れながら驚く。
「じゃあさ、休みの日は一緒に本を買いに行こ」
「それもまぁ、本を買いに行くくらいならいいけど」
「なら、その時はご飯も一緒に食べようよ」
「……付き合うけど、お洒落なお店はハードル高いからやめてほしいです。特にスタポはヲタクにとって魔境だから」
「じゃあそれ以外なら付き合うってことね……本当に冬真はなんでも頷くなぁ」
褒められているのだろうか。貶されてはいないが、たぶん褒められてもいない。
しかし、それくらいなら冬真にでも十分責任を負えそうな内容だった。むしろ、ラノベの新刊の件はオススメを熱く語れるから乗り気なくらいだ。
そうやって一人で浮かれていれば、千鶴がぽつりと、小さな声音で言った。
「ならさ、ラノベ買った後は、ご飯を食べて、それからゲーセンとか、あと映画観たりもしようよ」
「何それ。それってもはやデートでは……」
へらへらと笑いながら千鶴の言葉に返していれば、ハッとして息を飲む。
「ち。ちがっ……今のは言葉の綾で……っ」
慌てて弁明しようとすれば、千鶴は顔を落としたまま無言でいた。
完全に引かれた、と後悔の念に打ちひしがれながら千鶴の反応を待っていれば、ようやく返って来たのは何かを懸命に伝えようとしている〝潤んだ瞳〟だった。
「否定しないでよ。それで合ってるから」
「――っ」
その瞳に吸い込まれるように、身体が硬直する。
千鶴はゆっくりと顔を上げると、一歩も動けない冬真の袖を握りながら言った。
「それが私を、ヲタクにした責任の取り方」
「……四季さん」
「こんな風に、男子と気軽に話せるのは冬真が初めてだった」
千鶴は続ける。
「こんな風に、自分を大切な友達として扱ってくれる男子は、冬真が初めてだった」
「…………」
「文化祭を一緒に回ったのも、話すだけで嬉しくなって胸が弾んだのも、冬真が初めて」
静かで、けれど震える声音が、やけに鮮明に耳朶に届く。
「私の初めて、今思い返せば冬真でいっぱいだった。冬真は、私の初めてをたくさん奪った」
だから、と言葉を紡ぐように、千鶴は冬真の袖をきゅっと強く握った。
「その責任。取ってよ」
「――――」
一瞬の静寂のあと、
「――私、冬真が好き」
震える声音で、千鶴は冬真に溢れ返る想いを告げた。
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