第260話 『 裏主人公ってやつだっけ 』


 巨大ダンジョン攻略後も色々な箇所を回りつつ、二人はおそらく時間的にもラストになるだろう演劇を観るために体育館に足を運んでいた。


「みっちゃんのカレシさん。すっごくイケメンでカッコよかったねー」

「そ、そうだねー」


 正確にはカレシではなく旦那なのだが、その事実を知るのは冬真のみ。そして、その八雲晴という人物が千鶴の好きなラブコメ小説【微熱に浮かされるキミと】の著者であるハルだ。


 本当は千鶴に『この人がビネキミの作者さんだよ』と教えてあげたいが、それを言ったら最後、冬真が美月に吊るし上げられる。


「ちょっとだけしか話せてないけど、みっちゃんのこと大切にしてるんだな、って伝わってきた」

「晴さんは、美月さんのことをすごく大切に想いやってる人だよ」

「冬真、みっちゃんのカレシさんとも面識あるみたいだったけど、本当に何者なの?」


 じろりと睨んでくる千鶴に、冬真は「ただのヲタクです」と冷や汗を流しながら返した。


 しかし、千鶴は懐疑的な視線を送り続ける。


「本当にぃ? 本当はモブと見せかけた主人公なんじゃないの? 裏主人公ってやつだっけ」

「あはは。何可笑しなこと言ってるの四季さん。僕は教室の端っこで静かに好きなラノベを読んでるどこにでもいるモブだよ」

「いや、モブっていう割には冬真、学校一の美少女と友達で、そのカレシさんとも仲がいい挙句、神イラストレーターのアシスタントやってるじゃん」

「僕の人生どうなっちゃってるんだろうね⁉」

「自分で驚くんだ」


 千鶴が苦笑した。


「驚くに決まってるでしょ。僕は本当に、モブみたいな人生送ってたごく普通の男子高校生だったんだから」

「それが今やイメチェンしてカッコよくなり、クラスの女子と一緒に文化祭を回ってるなんてねぇ」

「……僕の人生はいつからバグったんだろうか」

「べつにバグではないんじゃない。冬真の良さが、やっと周りに認められたっていう証拠じゃん」

「――っ! ……あまり嬉しいことを言われると、その、恥ずかしいのでやめてください」


 真っ赤な顔を掌で覆えば、指の隙間から悪戯に微笑む千鶴がいた。


「にしし。照れた?」

「……不覚にも、照れております」

「顔見せて?」

「絶対やだ⁉」


 こんな真っ赤な顔をみられたらまた卒倒する自信がある。そうでなくとも、今は千鶴の顔をうまく見れないのに。


「(四季さんの顔見る度に、心臓がドキドキする)」


 これではまるで――じゃないか。

 それを否定しようとすればするほど、その気持ちは強くなってしまう。


「冬真、冬真」

「なんですか四季さん」


 くいくい、と袖を引っ張れて指の隙間から千鶴を見れば、彼女はステージを指差していた。


「演劇、もうすぐ始まるよ」


 その言葉を合図に体育館から照明が消えていく。


 周囲は徐々に静まり返っていき、皆の視線は自然とステージへと注がれていった。


 ――そして、冬真と千鶴。二人だけの最後の文化祭が始まった。

 

▼△▼△▼▼



 もうすぐ、文化祭が終わってしまう。


 ――あぁ、嫌だな。


 横目で、こんなに間近で見られるのは、あとどれくらいだろうか。

 彼はクライマックスを迎える演劇に夢中だから、千鶴の視線には気付かない。


 ――もっと、冬真と一緒にいたい。


 そんな想いが溢れかえって、身体が勝手に動く。

 あと数センチ。あと数ミリで触れ合う温もりは、しかしそこでピタっと止まった。


 ――今手なんか繋いだら、絶対にバレちゃうよね。


 この想いを隠すつもりはもうなかったけれど、子どものように夢中で演劇に魅入っている彼の邪魔をするのは気が引けた。


 ――冬真。


 心の中で、彼の名前を呼ぶ。当然のように、彼は振り返ってはくれない。


 ――好きだよ。


 この想いを、言葉にできたら。

 溢れかえる想いを、簡単に伝えることができたら、


 自分は目の前の演劇のように、想い人と結ばれることはできるだろうか――。

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