第259話 『 冬真の手。見かけによらず逞しいんだね 』
迷宮からようやく光が見ると、冬真はこれまでの長く険しい道のりを振り返りながら奥歯を噛みしめた。
「(父さん。母さん。そして姉さん。僕は、僕は遂にここでまで来ました!)」
なんだか主人公っぽいモノローグを挟みながら、冬真はようやく少女と二人で苦難を乗り越えた。
「ダンジョン攻略、おめでとうございまーす!」
そんな歓声と拍手が冬真と千鶴を出迎えた。
あまりの嬉しさに思わず涙を流しながら、冬真はここまで共に歩んでくれた少女――千鶴と感動を分かち合った。
「いやったー! ゴールだぁ! ゴールできたよ四季さん!」
「ね! めっちゃ嬉しい! なに感動⁉ なんか涙出てきたんだけど⁉」
「僕もだよ⁉ 文化祭の出し物なのに、達成感がとんでもないことになってるよ⁉」
この高揚感はあれだ。ラスボスを前に主人公と相棒が死力を尽くして戦い抜き、真の友情を手に入れた瞬間と似ている気がする。
何度も挫けそうになりながらもお互いを支え合った千鶴とはもはや、友達ではなく戦友なのではないのだろうか。
そんな感慨深さを胸に、冬真は千鶴に感謝を伝えた。
「四季さん! 一緒にゴールしてくれてありがとっ! 四季さんがいなかったら、僕は途中で挫けてたと思う!」
「おおっ。なんか冬真が主人公っぽく見える⁉」
「それを言ったら四季さんは相棒に見えるよ!」
冬真は戦友の握っている手をさらにぐっと力を込めると、それに千鶴がほんのりと頬を朱く染めているのに気が付いた。
最初はダンジョンを攻略したことによる感動で頭がいっぱいだったが、少しずつその熱も冷めていくと目の前の光景に目を瞬かせた。
――ん?
「? どうしたの、冬真?」
「…………」
あれ。
「(なんで僕、四季さんの手を握ってるんだ?)」
目の前の光景にそんな疑問が止まらない。
ぐっと手を握っているのは、今無意識にしたことか。あるいはゴールする前からなのか。
――いつの間に、冬真は千鶴の手を握っていた⁉
瞬間。冬真は感動よりも驚愕が波のように押し寄せて、
「すすすすびばせん⁉」
「うおっ。なんで急に謝るの?」
慌てて握っていた手を振りほどけば、冬真は千鶴に頭を下げた。そんな冬真に、千鶴は眉根を寄せる。
「だ、だって四季さんの手を握ってたからっ」
「あはは。やっぱり無意識だったんだ」
無意識で女子の手を握るってどういうこと⁉ と冬真は混乱する。
けれど今はそんな疑問に浸る暇はなく、とにかく無意識に手を握っていたことを謝罪した。
「本当にごめん四季さん! 勝手に手を握ったりなんかして。こんなキモヲタクなんかとなんて、いくら四季さんでもぶん殴りたくなるよね」
「手を繋がれたくらいでそんなバイオレンスなことしないけど⁉ なんでその程度でそこまでネガティブ思考になれるの⁉」
はぁ、と嘆息が聞こえてきて、冬真は身構える。
ただジッとしていると、下げていた顔を覗き込むように千鶴が屈んだ。
それから、千鶴は「べつに」と少し照れた素振りをみせると、
「べつに嫌じゃなかったから私も離さなかったんだけど……」
「で、でも、僕はずっと無意識で……」
「嫌だったら、手を繋いできた時点で離すよ。でも、そうしなかった理由、分かる?」
問われて、冬真はふるふると首を横に振ると、千鶴は「鈍感男」と呟いて、ジト目を向けて言った。
「私は、むしろ嬉しかったよ。冬真と手を繋げて」
「えっ⁉」
微笑みながら答えた千鶴に、冬真はしばらく思考が停止したあと、一気に顔を赤くした。
「か、揶揄ってる?」
「これは本当。嘘じゃないよ」
否定しようとすれば、返ってきたのは本人からの肯定。
気の迷いではないだろうか、と思惟する脳裏を、千鶴の言葉が否定してくる。
「冬真が私を励ます為に手を握ってくれたこと、すごく嬉しかった。おかげで、私は冬真と一緒にゴールできたんだもん」
「――――」
「冬真が私を引っ張ってくれた時、見てて頼り甲斐があったし、めっちゃカッコよかったよ」
「~~~~っ⁉」
破顔する千鶴。そんな可憐な笑みを直視できなくて、思わず視線を逸らしてしまう。
「あ、照れてる」
「そ、そんなこと言われたら、誰だって照れるに決まってるよ」
「そうだね。私も、冬真に同じこと言われたら照れちゃうかも」
にしし、と笑う千鶴に、冬真は目を逸らしながら必死で言い返す。
――ダメだ。直視できない。
心拍数がどんどん上がっていくのを感じながら、冬真は冷静になれと必死に自分に言い聞かせる。
けれど胸の昂鳴りは収まるどころか、さらに鼓動を強くしていく。
そんな葛藤している心に、千鶴という少女はさらなる追撃を浴びせてきて、
「よいしょ」
「――っ⁉」
声にもならない悲鳴の理由は、突然千鶴が冬真の手を握ってきたから。
口を金魚のようにぱくぱくさせている冬真を千鶴は愉し気に双眸を細めながら、手の感触を確かめるように指を一本ずつ絡めてくる。
「あはは。冬真の手。見かけによらずに逞しいんだね。男の子の手って感じ」
握る手に喜びを覚えるような表情と弾む声音が、冬真の心臓にぶっ刺さる。
「あ……」
「? どうしたの、冬真?」
これまで女子と一度も手を繋いだことなんてなかった冬真にとってこのイベントは、衝撃以外の何も無くて。
「あばばばばばば⁉」
「ちょっと冬真⁉ なんで急に倒れたの⁉ 冬真――――――っ⁉」
童貞には刺激が強すぎて、耐久力ゼロの冬真には当然耐えられるはずもなかった。
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