第256話 『 冬真がして欲しいことなら、なんでもいいよ 』


「パンケーキ美味しかったね、冬真」

「…………」


 昼食を済ませて、二人は再び活気づく廊下を歩いている訳なのだが、散々千鶴に弄ばれた冬真は拗ねて頬を膨らませていた。


「なんでそんなに怒ってるの?」

「……どこかの誰かさんが僕をイジメたからだよ」

「イジメた訳じゃないよ。ただ揶揄っただけだよ」


 どっちも同じだよっ、と心の中で叫ぶ。


「ねぇ冬真ー。機嫌直してよー」

「甘え声で言ったっも無駄です。これに関しては僕、少し腹を立てていますので」

「そんなにムカついた?」

「陽キャに弄ばれた気分になりました」


 つん、と尖った声音で言えば、流石の千鶴も慌て始める。


「ほ、本当にごめん! つい冬真を揶揄い心が働いちゃって……めっちゃおもろかったけど」

「あ、今の小声ちゃんと聞こえたからね。やっぱりしばらく四季さんとは口きかないです」

「そんなぁ⁉」


 ガッカリしても、自業自得だ。


 千鶴が猛省するまでこのままでいよう、と冬真なりに先程の意趣返しを仕掛けた。


 そんな冬真の思惑はまんまと嵌り、千鶴はガクンと頭を垂れていた。


「ううっ。流石に揶揄い過ぎたなぁ。せっかく冬真と文化祭回れてるのに」

「(……そんなに僕と回りたかったんだ)」


 千鶴の呟きに興味はあったけれど、それで尋ねてしまっては仕返しの意味がなくなるので聞けなかった。


 気になるな、と悶々としていると、千鶴が袖を握ってきた。


「冬真ぁ。どうしたら機嫌直してくれる?」

「……その表情はずるいっ⁉」


  潤んだ瞳と上目遣いでそう訊ねる千鶴に、冬真の男心が揺さぶられる。

  それをさらに燻るように、千鶴は言った。


「冬真と仲直りできるなら、私なんでもやるよ」

「な、何でもって?」

「冬真がしてほしいことなら、なんでもいいよ」

「――っ⁉」


 恥じらいながら答えた千鶴に、冬真の心臓がドクンと跳ね上がる。

 なんでも、とはつまりアレか。エ――


「うがああああ⁉ 煩悩退散ぅぅぅぅぅぅ!」

「うおっびっくりした。どうしたの急に大声なんか上げて……」

「なんでもないよ。ただちょっと、自分をぶん殴りたくなっただけ」

「どうしてそんな思考になったの⁉」


 友達相手にしてはいけない妄想をしてしまって、冬真はそんな思考を慌てて放棄した。


 千鶴が不思議そうな目で見ているが、今の冬真はそれに構う余裕がない。


「(そんなことしたら僕は即死! ここはエロゲの世界でも、ラノベの世界でもないんだ!)」


 荒い吐息を必死に落ち着かせながら、冬真は千鶴に言った。


「しばらく僕を揶揄わないと誓ってくれれば、許します」


 不覚にも胸を鷲掴みされてしまったが、それを悟られないように頬を硬くしていった。


「……しばらく僕を揶揄わないと誓ってくれれば、許します」

「分かった誓う! もうしない! もうしないからさ、機嫌直して!」


 あまりに即決されると反省していないでは、と疑念が湧いてしまうも、千鶴の必死な表情をみれば答えは分かって。


 やれやれ、と嘆息しつつ、


「もういいよ。実際はそんなに怒ってないし」

「なんだ、冬真も私のこと揶揄ってたんだ」

「うぐ」


 意趣返しに怒られるのでは、と身構えたものの、千鶴は憤慨よりも安堵の方が強く表情に浮かんでいた。


「このまま何も話さないまま文化祭を回るのは嫌だったから、仲直りできてうれしいな」

「――っ⁉」


 嬉しそうに微笑みをこぼす千鶴に、冬真の思わず心臓が跳ね上がる。


「(なんですかその表情⁉ なんでそんな、僕なんかと仲直りできて嬉しそうなの⁉)」


 自分と千鶴はただの友達。


 それ以上の関係ではないのに、どうして千鶴は心底安堵しているような笑みをこぼしているのだろうか。


「(僕と四季さんはただの友達。それ以上も以下もない。なのに……)」


 そう思っている胸裏に、逡巡が生まれてしまう。


「(僕と四季さんはただの友達。僕と四季さんはただの友達っ。文化祭を一緒に回ってるのは、美月さんたちと予定が合わなかったから!)」


 自分はあくまで枠埋めでしかないのだと、必死に言い聞かせる。

 そうでなくては、勘違いしてしまいそうで。


「ねぇ、冬真。さっきから何一人で頭抱えてるの?」

「い、いやべつになんでもないです」


 おかしな冬真、と千鶴はけらけらと笑った。

 そんな無邪気に笑う千鶴に、視線はむい無意識に奪われる。


「(――これは、何かの間違いだ。うん。きっと、そう)」


 ドクドクと昂鳴る心臓に己の手を当てながら、冬真は必死に〝何か〟を否定した。


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