第255話 『 なら、 私があーんしてあげようか? 』


 当初の緊張もだいぶほぐれて、冬真と千鶴はすっかりいつもの雰囲気に戻っていた。


「お待たせしました~。抹茶パンケーキでございまーす」


 それぞれ頼んだ品が運ばれて、二人は目を輝かせる。


「すごっ⁉ めっちゃ美味しそう!」

「文化祭なのにこのクオリティー……パティシエでもいるのかな?」


 興奮する千鶴に、冬真もこくこくと頷いた。


 二層のパンケーキはかなりの厚さで、皿を揺らせばぷるぷると揺れる。ソースも抹茶ソースとかなり拘っているのが窺える。そして、そのパンケーキの横には、真っ白なホイップクリームが螺旋を描いていた。


「ウィンスタ映えしそ~。写真撮ろ~」

「僕も撮ろ」


 千鶴がポケットからスマホを取り出したように、冬真もポケットからスマホを取り出せば、千鶴が意外とでも言いたげに目を瞬かせる。


「……冬真も撮るんだ」

「うん。ミケ先生に文化祭の資料撮ってきて、って頼まれてるから。これは喜びそうだと思って」


 そう言いながら角度を調整していれば、何やらつまらなそうな鼻息が聞こえた。


「四季さん? どうしたの?」

「別にぃ。なんでもぉ」


 と千鶴は言うが、どう見ても表情は不機嫌そうだ。

 失言したかな、と困惑していると、千鶴は頬を膨らませながら睨んできた。


「冬真くんはミケ先生にお使い頼まれてるんだもんねー。そっち優先しちゃうもんねー」

「え、ええ? べつに資料集めを優先してるわけでは……」

「ふんだっ」


 何故か千鶴がそっぽを向いてしまった。


 どうやら彼女の地雷を踏んでしまったらしいが、いつ踏んだのかが全く分からない。


 なんとなく、ミケのことを口にしてから不機嫌になった気がする。


「え、ええと……四季さん」

「…………」

「写真撮るのは止めますので、どうか機嫌を直していただけないでしょうか」

「…………」


 それで機嫌が直るのかは微妙なところだが、他に方法もないのでスマホを机に置く。

 

 そして懇願すれば、千鶴は腕を組んで無言を貫いている。


 それから数秒。冬真は抹茶パンケーキを挟んで千鶴の反応を待っていると、


「……ぷ」

「ぷ?」


 一瞬、ちらっと冬真を見た千鶴が、不思議な声を上げる。

 そしてすぐ、


「あははっ! 冗談だよ、冗談。怒らせちゃったって勘違いした?」

「ま、まさか今の全部わざと⁉」


 お腹を抱えて笑いだした千鶴に唖然とすれば、彼女はそうだよ、と悪気なく肯定した。


「あ、悪女や⁉ ここに悪女がおる⁉」

「誰が悪女だっ。嫉妬したフリしたら冬真がどんな反応するか見たかっただけ」

「いや充分悪女だよ⁉ 普通そんな発想思い浮かばないから⁉」


 机を叩きながら猛抗議すれば、千鶴は「えー」と不服そうな顔になって、


「でも、今冬真の前にいるのは私じゃん。なのにミケ先生のことを考えられたら、私だって少しくらいは嫉妬するよ」

「――っ。……そう言って、また僕を揶揄ってるだけでしょ」


 今度は騙されないとそっぽを向けば、そんな冬真に千鶴はふるふると首を横に振った。


「これは、本当だよ。今は、ミケ先生じゃなくて、私を見て欲しいな」

「……っ⁉」


 細めた双眸に、瞳を潤ませる千鶴が映る。

 わずかに緊張を孕んだ顔が、その言葉の真偽を如実に語っていて――


「なーんて。ふふ。また騙された」

「んなあああああああああああああああああああ⁉」


 刹那、ぱっと破顔する千鶴に、冬真は絶叫。

 二度に渡って騙された冬真を、千鶴は心底おかしそうにお腹を抱えながら笑う。


「あはは! やっぱ冬真おもしろ! すーぐ引っ掛かっちゃうんだから」

「もういい⁉ 四季さんの言う事はなに一つ信じない!」

「ごめんて。ほら、私の一口あげるから許してよ~」

「同じものもらっても嬉しくない!」


 ふんっ、と顔を逸らせば、千鶴がにしし、と笑いながら問いかけてきた。


「なら、私があーんしてあげよっか?」

「――っ⁉ 遠慮します!」

「えー。せっかく女子からあーんしてもらえるのに、勿体ない」


 千鶴の揶揄いに我慢し切れなくなって、顔が火を噴くほど真っ赤になる。

 それを誤魔化すように、冬真は一気にパンケーキをかきこむと、


「これだから陽キャは! これだから陽キャは!」


 怒りの矛先を彼女ではなくパンケーキにぶつけた。

 抹茶の苦み。その中にあるほのかな甘みが、なんともこの状況と似ていて。


「……素直じゃないなぁ、私」


 ――すっかり千鶴に不信感を抱いてしまった冬真には、これが千鶴の照れ隠しだということは伝わらなかった。


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