第253話 『 デートじゃないから⁉ 』
晴と美月が文化祭でデートを開始するのとほぼ同時刻。ここにも文化祭デート? を始めようとしていた男女がいた。
「お、お待たせしました……四季さん」
「そ、そんなに待ってないから平気」
互いにややぎこちない挨拶を交わすのは、冬真と千鶴だった。
「じゃ、じゃあ予定通り、一緒に回ろうか」
「は、はいっ。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいいでしょ。で、デートする訳でもないんだし」
「……でーと」
「デートじゃないから⁉」
「ひいっ⁉ そそそうだよね! ただ一緒に見て回るだけだよね⁉」
必死に否定する千鶴に、冬真も情けない声を上げながら自分に言い聞かせる。
「(意識するな、僕⁉)」
いつもなら悲観が先行するのに、何故か今は己惚れが先走っている。
錯綜する頭に一喝を入れるように頬を思いっ切り叩けば、深く息を整えて、
「そ、それじゃあ、行こうか四季さん」
「う、うん。今日はよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い頬に硬さを残しながら、冬真と千鶴は少し距離を置きながら歩き始めた。
▼△▼△▼▼
学生や一般参加者たちで賑わう廊下を通り過ぎながら冬真と千鶴は会話を広げていく。
「そういえば、今日はヘルプ頼まれなかったんだ」
「うん。僕一人だったら手伝っていこうかなと思ったんだけど、流石に四季さんとの約束を破る訳にはいかないから」
「へぇ、今の冬真の言い方だと、なんだか私を優先してるみたいだね」
「か、揶揄うのは止めてくださいっ」
顔を真っ赤にすれば、千鶴はにしし、と白い歯をみせて笑った。
「冗談だよ。冬真が義理堅い性格っていうのは知ってるから、そんな反応しないでよ」
「義理堅いって訳じゃ……約束を破ったら怒られそうだから守っただけだよ」
「ふーん。冬真は私のこと、そんな風に思ってるんだ」
少し拗ねた風に呟く千鶴に、冬真は反応に困りながら返す。
「じ、実際約束破ったら怒るでしょ?」
「怒るだけで済んだらマシ。冬真がもし本当に約束すっぽかしたら、末代まで祟うつもりだった」
「怒るより怖いよ⁉」
やっぱり約束を守って正解だった。いや、約束は守るのが普通だけれど。
「はあ、やっぱりJKは怖い。特に陽キャJKは」
「冬真は陽キャJKに恨みでもあるの?」
「ないよ。ただ、そういう人たちは皆、嫌いな人や陰キャを平気で裏サイトや裏アカでディスるんだよ」
「偏見だよ⁉ 私はそんなことしてないから!」
「四季さんが優しい人だっていうことは知ってるから大丈夫だよ」
「おおぅ。急に褒められると反応に困るっ」
「? どうしたの四季さん? なんだか顔が赤いけど?」
「今はこっち見ないで!」
「ほぶふ⁉」
気になって顔を覗こうとすれば、物理的に視線を逸らされた。
紅葉が出来上がった頬をさすりながら、冬真は目尻に涙を浮かべて続けた。
「とにかく、僕は義理堅い人間じゃなく、約束を守るのは当たり前だと思っているだけです」
「じゃあさ、もし私が今日いきなり一緒に回ろう、って言っても冬真は回ってくれた?」
うーん、と少しだけ黙考する。
「たぶん。僕が暇なことに変わりはないし、せっかく四季さんから誘ってくれたのに断るのも気が引けるから」
「ふーん、なら私と、他に誰かに誘われたら? 冬真はどっちを優先する?」
その質問にどんな意図があるんだろう、と思いながらも、冬真は答えた。
「……四季さんかなぁ。いや、もし修也くんだったら修也くんを優先しちゃうかも。いやでもそうなると四季さんに申し訳ないし、でもでもそれで修也くんの方を断ったら今度は修也くんに申し訳ない……あぁ⁉ どっちにも申し訳ない⁉」
仮定の話なのに、優柔不断なせいで頭を抱えてしまう冬真。
そんな冬真を見て、千鶴は柔らかい表情を浮かべた。
「あはは。冬真ってば、本当に優柔不断だね」
でも、と千鶴は続けた。
「それは冬真が優しいからなんだろうね。友達想いで、皆を大切にしたい冬真だから、そうやって迷うんでしょ」
「ぼ、僕にとっては皆、数少ない友達ですので」
千鶴の言葉に照れながら返せば、ふふ、と笑い声が聞こえた。
「本当に冬真は優しい人だね。だから私は……」
「私は?」
「な、なんでもない」
途中で言葉を区切った千鶴に眉根を寄せれば、なぜか頬が朱に染まってそっぽを向いてしまった。
気になるが、あまり突っ込むと怒られそうな予感がしたので追及するのは止めた。
ただ一瞬、千鶴の瞳に灯る感情に〝その先〟が垣間見えた気がしたのは、冬真の勘違いだろう。
「あ! ねえ冬真、あそこ行かない⁉ 和風パンケーキが食べられるお店だって!」
「いいよ。丁度お昼時だし、お腹も空いたしね」
唐突に看板に指さした千鶴に冬真は肯定すれば、二人の最初の目的地が見つかる。
「――ならさ、ミケ先生と私だったら、どっちを選ぶの?」
そこに向かう直前、千鶴はぽつりと小さな声音で問いかける。
けれど、それは当然冬真には聞こえることはなかった。
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