第252話 『 来年もまた、文化祭デートしましょうね 』


 その後も軽音部によるライブや演劇部による演劇を堪能すれば、時間はあっという間に過ぎて、


「あ、もうこんな時間」


 間もなく文化祭終了のお知らせを告げるアナウンスが校内に響き渡ると、美月は寂しそうに呟いた。


「十分堪能できたから満足じゃないか」

「それはそうですけど、もっとたくさん回りたかったです」

「それだと全部見ることになりそうだな」


しゅん、と落ち込む美月に、晴は苦笑をこぼす。


「お前は一緒に回れて楽しくなかったか?」

「そんなことありません。すごく楽しかったです」


 ふるふると首を横に振る美月。その必死さに思わず笑いそうになりながら、晴はぽん、と彼女の頭に手を置いた。


「なら、落ち込むより楽しかった思い出を大事にしてくれ。そのほうが俺は嬉しい」

「……っ。そうですね。まだ全然満足はできてないですけど、貴方と文化祭を回れただけでも私にとっては最高の思い出になりました」


 晴の言葉に、沈んでいた顔にわずかな笑みが浮かび上がった。


 最高とは誇張が過ぎないか、とは思うものの、一緒に回れたことを楽しんでもらえたなら晴もそれで満足だった。


「つーか、お前が落ち込むほど見れてない訳じゃないだろ。むしろ、かなり回った方だと思うが」


 そう言えば、美月は「いーえ」とツンとした声音で否定した。


「私としては全部見て回りたかったくらいです」

「どんだけ強欲なんだ。それだと俺の体力が持たないだろ」

「そこは妻への愛の力で持ちこたえてください」

「愛の力は体力に比例しない。すでに精魂尽きて眠くなってきた」


 ふぁぁ、と勝手に欠伸が漏れれば、そんな様子を見て美月が微笑をこぼす。


「あらあら。これは、今夜はぐっすり眠れそうですね」

「子ども扱いすんなと言いたいが……案外否定しきれないな」

「今夜は一緒にお寝んねしますか?」


 言い方が本当に子ども扱いされているようだった。


 なんとなく腹が立って白い額にデコピンを入れれば、あうっ、と可愛らしい悲鳴が上がった。


「年下のくせに調子に乗るな。あんまり揶揄うと罰として骨抜きになるまで甘えさせるからな?」

「それは罰ではなくてご褒美なのでは? ……いえ、私の場合は罰になるのかも?」


 晴の制裁に興味があるのか、美月は複雑そうな表情を浮かべる。


 どんな罰にするかはまだ決まっていないが、とりあえずキスとハグを止めてと言われても続けるくらいにはするのは決定だろう。


「どうする? お前が興味があるならやってやらんこともないが?」


 挑発的に問えば、美月は白い頬を朱に染めながら視線を逸らした。


「こ、子ども扱いしてごめんなさい」

「分かればよろしい。ま、家に帰ってから罰ではないが労うつもりではあるから覚悟しとけよ」

「労われるのになんで覚悟が必要なんですか⁉」


 それはたっぷりと労うからである。そして、おそらく晴の労い方だと美月は骨抜きになってしまう。


 困惑している美月に、晴は「内緒だ」と悪い笑みをみせると、


「どうやって労われるのかは帰ってからのお楽しみということで」

「ううっ。早く帰りたいような、何をされるか分からないから帰りたくないような」

「お前の怯えるようなことはしない。が、労われ過ぎて夜はぐっすり眠れるかもしれないなぁ」

「それも十分怖いですよ⁉」


 とは言いながらも、内心では期待してそうなのが美月という晴の奥さんだ。


「はぁ。やっぱり晴さんは素敵な旦那さんではありますけど、私を甘やかしすぎるのが難点ですね」

「妻の特権として享受しておけ」


 厳しいよりかはマシだろう。それに、美月を甘やかすのは無償ではなく、その反応を観るのが楽しいからやっているのだ。結局、晴の悪戯心である。


 甘い言葉を贈れば赤面して、キスをすれば艶やかな顔になって、傍に並んでいる時は幸せそうな顔をする――そんな美月が、愛しくて堪らない。


 だから、


「今日はお前と一緒に文化祭デートを満喫できてよかった。ありがとな」


 そんな想いを今日の感謝に乗せて告げれば、紫紺の瞳は大きく見開かれた。

 慈愛が籠り、嬉しさと幸福をいっぱいに瞳に溜めて、


「私も同じ気持ちです。来年もまた、一緒に文化祭回りましょうね」

「来年は友達と回れ。最後なんだから」


 そう言えば、美月は嫌です、と首を横に振った。


「来年が最後だからこそ、また一緒に楽しみたいんです。この校舎で、この学校で、唯一貴方との時間を共有できる瞬間だから」

「そう、だな。そうだったな」


 晴は学生でもなければ成人している。だから、必然と美月と学校生活を共に送ることはできない。


 だからこそ美月は、文化祭という限定的なイベントで晴との青春の思い出を刻みたいのだろう。


 それを理解すれば、無下にすることは到底できなくて。


「ということは、来年も観衆の目を気にしながら文化祭を楽しむことになるのか」

そう嘆息すれば、美月はふふ、とたおやかに微笑んだ。

「そうですよ。JKの妻と、また来年も文化祭を楽しめるんです。光栄じゃないですか」

「字面にすると犯罪臭しか漂ってないけどな……ま、貴重であることに変わりはないからな。学生のお前との来年最後の文化祭、楽しみにしておく」


 そんな約束を結べば、美月は微笑みながら小指を上げた。

 それがどういう意味なのかはすぐに察して、晴は思わず微笑をこぼしてしまう。


「言質取りました。約束ですよ?」

「分かってる。約束破ったらなんでも言うこと一つ聞いてやる」

「さらに言質取りました。ふふ。これは来年が楽しみですねぇ」


 そんな会話を交わしながら、夫婦は小指を絡ませる。


「来年もまた、文化祭デートしましょうね。約束破ったら……そうですね、執筆時間減らす!」

「は⁉ おいっ⁉ さらりととんでもない契を結ぶな⁉」

「指切った!」


 破顔する美月とは対照的に、美月の横暴ぶりに晴は驚愕する。


 こうして晴と美月の文化祭は、最高の思い出として来年の文化祭に繋がるのだった。



 ――――――――――

【あとがき】

今話で美月と晴の文化祭は終わり。そして、冬真と千鶴の文化祭が始まります。文化祭、クライマックスです。


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