第251話 『 私がパンクしないようお願いします 』



 昼食も済ませた後は再び校内に戻っていた。


 次はどこに寄るかと散策していると、晴と美月はある人物たちと遭遇してしまった。


「あ、金城くんだ」「千鶴」

「……ハル先生」「みっちゃん⁉」


 三者三様……否、四者四様の表情を浮かべる晴たち。


「文化祭、楽しんでるみたいだね」

「は、はい……四季さんのおかげで、文化祭ぼっちにならずに済んでます」

「はは。それならよかった。ミケさんが仕事で忙しくて来れないのは知ってたけど、金城くんが楽しんでるならミケさんも喜んでるんじゃないのかな」


 そう言いながら、晴は冬真の隣で困惑の表情を浮かべる少女を観察する。


 ――なるほど。ミケさんはこの子と金城くんのことを気に掛けてるのか……。


 おそらく月波の文化祭に来ない理由は、冬真と千鶴という子の青春を奪うことを危惧したのだろう。


 そして、どうやら彼女の思惑通り、ミケが来なかったことで二人は文化祭を一緒に回れている訳だ。


 思う節は多々ありつつ、


「そうだ。さっきはごめんね。迷惑かけちゃって」

「い、いえっ。僕は調理班だったのでそんなに影響なかったので。けど、接客のほうは大変そうでしたよ」

「まさか美月のだん……カレシってだけであんなに食い付かれるとは思ってなかったよ」


 キミにも迷惑かけたね、と晴は千鶴に朗らかな笑みを浮かべながら謝った。

 すると千鶴は、まだ表情の硬さが残りつつも「いえ」と首を振った。


「みっちゃんのカレシさんは女子の皆興味あったので、ああいう状況になるのは正直目に見えてました。かく言う私もめっちゃカレシさんに興味ありましたけど」

「ははっ。そんな興味を持たれるほどの者じゃないよ。ただの一般人だから」

「……貴方の正体を知ったら、千鶴卒倒すると思いますけどね」


 小声で何かを呟く美月と、晴の正体を知っている冬真は苦笑を浮かべていた。


 なぜ二人がそんな反応をしているかはそれほど興味もないので、晴は無視して千鶴に訊ねた。


「文化祭、楽しんでる?」

「は、はい。みっちゃんと回れないのはちょっぴり残念ですけど」

「それはごめんね。でも、今日だけは美月を俺に貸してくれないかな。一応、デートするつもりで今日は来てるから」

「「イケメン過ぎる発言⁉」」

「うおっ。急にどうしたんだ?」


 晴としては事実を言ったまでだが、何故か未成年組は甲高い悲鳴を上げていた。特に美月は顔を真っ赤にしている。


「なんなのみっちゃんのカレシ⁉ イケメン過ぎない⁉ なに今の台詞⁉ 正直、カノジョでもない私がドキッとしたよ⁉」

「こ、この人はこういうことを無自覚でいう人だから。ホント、止めて欲しいとは思ってるんだけど……」

「そりゃみっちゃんが乙女になるわけだよ⁉ なに、いっつもこんな惚れるようなこと言われてるの⁉」

「……うん」

「みっちゃんのカレシすごっ。完全にみっちゃんを落としてる……」

「はは。ハル先生は相変わらず凄いなぁ。僕が言ったら黒歴史確定ですよ」

「「冬真(くん)しっかりして⁉」」


 なんだこの地獄絵図は。

 未成年たちの盛り上がり具合に、晴も段々と先の発言が恥ずかしくなってきた。

 それから晴は、気を取り直すようにコホン、と咳払いすれば、


「それじゃあ、せっかく二人で仲良く回ってるのに邪魔するのも悪いから、俺と美月はそろそろ行くよ」


 そう言えば、それまで死んでいた目に再びハイライトを灯した冬真が一拍遅れて返事した。


「は、はい。ハル先生も美月さんとのデート、楽しんでください」

「ありがと」


 男同士は微笑みを交わし合うものの、女子たちはというと、


「じゃねー、みっちゃん。イケメンのカレシさんと文化祭デート楽しんでね」

「うぐ……そっちこそ、冬真くん・・・・と一緒に文化祭楽しんでね」

「ぶはっ⁉ ……お、お構いなく~」

「……何やってんだ二人」


 友達同士で揶揄い合っているのだろうが、どちらも指摘されて顔を真っ赤にするならやらなければいいのにと思った。


 やれやれ、と辟易しつつ、晴は美月の手を引きながら歩き始める。


 少しずつ、冬真と千鶴から距離が離れていくと、美月が頬を膨らませながら言った。


「……なんであんなこと言うんですか?」

「なんのことだ?」

「デートを邪魔するな、って言ってたじゃないですか」

「そんな発言をした覚えはない」

「いいえ、言いました。今日は私とデートしに来てるから、って」


 たしかにそれなら言った。


「事実だろ。その為に今日は来てるんだから」

「だとしても、ああいう言い方はないと思いますよ」

「不服だったか?」


 そう訊ねれば、美月はわずかに躊躇いをみせてから答えた。


「そういう訳では。ただ、友達の前で独占欲を出されると、私の心臓が持ちません」

「独占欲ではない」


 キッパリと否定瑠するも、美月は嘘おっしゃい、と口を尖らせながら睨んでくる。


 本当に独占欲など微塵もないのだが、美月や二人からすればあの発言はそう捉えられてもおかしくはなかったのかしれない。


「今度からはもう少し気を付けるよ」


 と言えば、途端美月が慌てだす。


「い、いえ。嫌だった訳じゃないんですよ。ただ……」

「ただ?」


 眉尻を下げれば、美月は照れながら答えた。


「私が嬉しくなるようなことを不意打ちで言われると、貴方に愛されてるんだと思って己惚れてしまうんです」

「実際愛してるが」

「そういうとこですっ。そういうとこっ」


 何かを堪え切れなくなったのか、美月がぽこぽこと腕を叩いてくる。


 別に痛くないのでそのままやられていると、美月は依然として頬を朱に染めたまま呟いた。


「貴方が顔に出ない分を言葉で伝えてくれてるのは分かってます。でも、あまり愛情表現をたくさんされると、私がパンクしてしまいます」

「容量が少ないだけでは?」

「そんなことありません。貴方はもう少し、私を言葉で喜ばせているということを自覚すべきです」


 紫紺の瞳を潤ませて訴えてくる美月に、晴は面倒臭そうに「へいへい」と適当な相槌を打つ。


「分かったよ。これからはもう少し発言に気を付ける」

「私がパンクしないようにお願いします」


 心底めんどくせぇ、と思いながらも、美月のお願いなら聞くしかない。


「今日は一緒に文化祭回れてよかった。ありがと、美月。……こんなもんでいいか?」


 早速美月の要求通りに言葉を選んでみたのだが、なぜか美月は悶絶していて、


「そういうとこっ! 本当に、そういうとこですよ!」

「はぁ。何がお気に召さなかったのか全然分かんねぇ」


 顔を真っ赤にする美月にまた叱責されて、晴は重いため息を吐く。

 本当にワガママな奥さんだな、と胸中で呟きながら、


「まぁ、照れるお前も可愛いから、たまには言葉攻めもアリだな」

「悪魔ですか貴方は⁉」


 そんなSな一面を覗かせるのだった。

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