番外編 『 私の旦那さんは不思議な人 』
【まえがき】
本日は番外編1話のみの更新です。そこからは文化祭編クライマックスまで一気に更新していきますので、読者の皆様は覚悟のほうよろしくお願いします。
―――――――――――
晴はよく美月にものを贈る。
「ん。これやる」
「……なんですかこれ?」
素っ気ない態度で渡されたものを見れば、それはぬいぐるみだった。
「ジンベエザメのぬいぐるみ」
「なんでジンベエザメ?」
「たまたま慎とゲーセンに寄った時に見かけてな。つい取ってしまった」
はぁ、と吐息だけ返す。
「可愛いだろ」
「まぁ、可愛いとは思いますけど。……自分で愛でる為に取ったのなら自分の部屋に飾ればいいのでは?」
「俺の部屋に置く理由が特にない」
だから美月にプレゼントしたらしい。
プレゼント自体は嬉しいし、ジンベエザメも可愛いからいいのだが、やはり動機とその後が一致しない人だ。
ぎゅっ、とジンベエザメを抱えながら美月は晴に言った。
「晴さんて、よく私にものをくれますよね」
「そうか?」
どうやら本人は自覚なしだそう。
「そうですよ。この間も、猫のストラップをくれたじゃないですか」
「お前が喜ぶと思って……いてっ。なんで急に叩く」
「貴方が突拍子もなく照れるようなことを言うからですっ」
照れ隠しに晴の腕をぽこぽこと叩けば、彼は不服そうな顔をした。
「私はそうやっていつも私を喜ばせる」
「喜んでるなら叩くな。どういう愛情表現だ」
「貴方ばかりズルいです。私だって、貴方をもっと喜ばせたいのに」
「俺はお前とこうしてるだけで満足してる」
またそうやって心臓を高鳴らせる。
晴からすればただの返答でも、美月にとっては嬉しい言葉なのだ。
それが嬉しくもあり、悔しい。
「晴さんは人にものを送るのが好きなんですか?」
ジンベエザメのぬいぐるみを大事に抱えながら晴との距離を詰めて、美月は上目遣いで問いかける。
その問いに、晴は生返事のあと、
「どうだろうか。さっきも言った通り、お前が喜びそうだと思ってついつい買ってしまってるだけだ。まぁ、そのジンベエザメは俺が可愛いと思ったから取ったんだけどな」
「晴さん。見かけによらず可愛いもの好きですもんね」
能面のわりに可愛いものが好きで悪かったな、と晴が口を尖らせる。
そこまで酷いことは言ってないのだが、と苦笑しつつ美月は続けた。
「晴さん。魚好きでしたっけ?」
「それほど。あぁ、でも海の生き物ならわりと好きだぞ」
「あぁ、そういえばこの前、グソクムシのぬいぐるみも買ってましたね。あれは流石に私の部屋に置くのは勘弁でしたけど」
いつだったか。晴が今日と同じようにグソクムシのぬいぐるみを取ってきたことがある。それをプレゼントされかけたのが、美月の趣味には合わなかった為、結局晴の部屋で飾られることになった。
「あれ可愛いのに」
「可愛いは可愛いですよ。ただ、あの厳つい目がどうにも慣れなくて……」
「それがいいんだろうが」
この人の趣向はやはりよく分からない。というか、何を考えているかもよく分からない。
それがため息としてこぼれる。
「貴方は好きになった相手にはとことん尽くすタイプなんですね」
「そうなのか?」
そうです、と美月は強く頷いた。
「こうやって度々物を贈ったり、いっつも私のお願いを聞いてくれる。そんなの、貴方が尽くすタイプではないと説明がつきません」
「物を贈るのは無意識で、お前のお願いを聞くのはお前に世話されてるからなんだけど」
「でも、私の為に行動してくれるのは事実でしょう?」
「まぁ、お前のことが大切だからな」
少し照れながら言った晴に、美月は思わず微笑みが浮かんでしまう。
――本当にこの人は、可愛い人。
「晴さん」
「なんだ?」
「今日の夕飯。唐揚げにしましょうか」
「マジか」
「マジです。美味しい夕飯作るので、楽しみに待っていて下さいね」
上機嫌になる晴を、美月は愛し気に見つめる。
「(やっぱり。この人と結婚してよかったな)」
晴といると毎日が新鮮で、飽きなくて、愛しく思える。
美月の部屋も、彼から贈られるプレゼントで少しずついっぱいになっている。それが、親愛の形のようで堪らなく嬉しい。
今日贈られたジンベエザメのぬいぐるみも、美月の部屋に出迎えられる。
「……晴さんも気に入っているので、この子は私の部屋ではなくリビングに置いておきましょうか」
「エクレアが玩具にしないか?」
「まぁ、貴方がこればかり抱いていたらあの子も嫉妬するでしょうけど、ちゃんと構ってあげたら引き裂かれないで済むんじゃないですか」
「引き裂くとか残酷なこと言うのやめろよ。俺、コイツわりと気に入ってるんだから」
もう一個取ってくればよかった、と口を尖らせる晴。
そんな晴にぬぐるみを押し付けながら、美月はよっと立ち上がると、
「はいはい。そんなに大事なら私がご飯の支度終えるまで抱えていてくださいね」
「うぐぅ。ジンベエを押し付けるな。ご飯が出来るまで執筆するに決まってるだろ」
「やっぱり執筆ばか」
やれやれ、と肩を落として、美月はくすっと笑みをこぼした。
「本当に貴方は、よく分からない人です」
美月が結婚したのは、そんな不思議な人。
不思議だからこそ、一緒にいて楽しいと思える相手だった。
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