第249話 『 なんで女教師の次がナースなんですか⁉ 』


「ではまず一着目! どうぞ~!」


 シャッ、と小気味よい音とともにカーテンが引かれると、中からはウェイトレス衣装からメイド服にコスチュームチェンジした美月が現れた。


「どうでしょうか、カレシさん⁉ 貴方の彼女すごく可愛いですよね⁉」


 鼻息荒く感想を求めてくる女子高生に、晴は気圧されながらも親指を立てた。


「似合ってる。ウェイトレスのカッチリしたのもいいが、ロングスカートにエプロンが使用人感があっていい」

「はぁ。まぁ、私も実際に着てみたら思いのほか可愛かったのでテンションが上がってますけど……晴さん、凄く乗り気ですね」

「小説の参考になるからな。やはり女性ものの衣装はヒロインのいい参考になる」

「むぅ。デートしてるのに小説のこと考えてる」

「デートのついでだ」


 許せ、と言えば、美月は不機嫌そうな顔をしながらも見逃してくれた。


「つーか、お前も最初は恥ずかしがってたくせに今は乗り気じゃないか」

「……そうですね。案外楽しいです」


 洋服とは違うコスプレ衣装だからか、美月ももの珍しさに高揚していた。


「お前服好きだから、コスプレの衣装も興味あるんじゃないのか?」

「……少しだけ。でも、お金もかかるので手は出さなかったんです」


 それなら今度詩織さんに衣装を貸してもらえるか頼んでみよう、と思案しつつ、


「ならせっかくの機会だ。好きなだけコスプレさせてもらえ。お代は俺が払ってやるから」

「相変わらず太っ腹な人ですね」

「なに。俺も色んなお前を見たいだけだ」

「ふふ。そんなに言うなら、付き合ってもあげてもいいですよ」


 ウィンクする美月に苦笑しながら、晴はメイド服を纏う美月をスマホに収めた。


「では、次いってみよう!」

「俺たちより、この子のほうが楽しんでるな」


 目を爛々と輝かせる係の子が、再び美月をフィッティングルームに引き込んでいく。これではもはや、美月専属の衣装係だ。


 そんな専属の係の手腕によって、数分後にはまたカーテンが開かれる。


 メイド服から一転、今度は……


「女教師とか、またニッチなところを責めるな」

「念の為言っておきますけど、私がこの衣装を着たくて着てる訳じゃないですからね!」


 とか言いながら着ているので、本当は試してみたかったのだろう。


「ま、似合ってるからいいんじゃないか。顔が幼いせいで教師というより教育実習生に見えるがな」

「ふふ。どうですか、伊達メガネですけど、こうすると知的に見えません?」


 くいっ、と眼鏡を上げる美月に、晴はハッ、と失笑。


「逆にアホっぽく見える」

「誰がアホですか。今晩のおかず一つ減らします」

「今のはわざとらしくやったお前に非があるだろっ」

「だとしてもです。そこはお世辞でも「可愛い」とか「頭良さそう」とか褒めるべきですよ」

「頭いい~。可愛いぞ~」

「やれやれ。愛が足りませんね。今晩のおかずが減ったのはこれで確定です」


 どうやらこのコスプレ回。褒め尽くして美月を喜ばせないと面倒なことになるようだ。


 それを理解した晴に小悪魔な笑みを浮かべた美月は、再び次なる衣装に着替えるべくカーテンに覆われた。


 そしてお次は、


「ちょっと⁉ なんで女教師の次がナースなんですか⁉」


 なんとも艶めかしいナースが涙目になりながら登場した。


「おぉ、至極健全な衣装なのに、纏うやつが纏うとイケないものを見ている感じがするな」

「み、見ないでください⁉」


 スカートの丈がかなり短いせいで、白く艶やかな美脚が露になる。それを必死に隠そうと必死な様がなんとも煽情的だった。


「それサイズ合ってないだろ。全体的にぴちぴちじゃねえか。水着か?」

「サイズがこれしかなかったんですよお! 私だってこれ凄く恥ずかしいんですからね!」

「じゃ、ささっと撮るから早く次の着てこーい」

「まだ続けるんですか⁉ というか撮らないで⁉」

「おかずを減らしたお返しだ。却下する」

「魔王だ⁉ 本物の魔王だ⁉」


 あまり激しく動くとスカートの中が見えてしまうからか、美月はフィッティングルームから出る気配はない。なので、懇願は虚しくシャッター音が鳴り響いた。


「素材がいいから撮ってて資料になる。詩織さんにもお土産として何枚かお裾分けしておくか」

「絶対にやめてください⁉」


 と全力の否定とともに、美月は四度目のコスチュームチェンジへ。


 時間的にもこれで最後にするか、と待ち時間にさっそく詩織に美月のコスプレ衣装を送っていると、聞き慣れ始めたカーテンの開く音が耳朶に届いた。


「……なんだそれ」

「ここの学校の制服です」


 それコスプレじゃなくね? と思った瞬間だった。

 何やら不穏な気配を放ちながら、美月が無言で近づいてくる。

 そして、そのまま晴の腕をガッと掴むと、


「さ、晴さーん。貴方も早くお着替えしましょうねぇ」


 にこっ、と笑った顔には、静かな怒りが見えた。

 これは先程の意趣返しなのだと、瞬時に悟った。


「いや、俺は遠慮しとく」

「ふふ。そう言わずに、私とせっかく文化祭デートできてるんですから、青春の一枚を撮るのも悪くないですよね?」


 淡々と、静かな声音が圧を込めながら晴を追い詰めていく。


「安心してください。ただ制服を着るだけですよ。べつに嫌というなら他の衣装でも構いませんが。あぁ、そういえば男バニーなんてものが……」

「着替えてくるからちょっと待ってろ」


 冷や汗を流しながら頷けば、美月はよろしいと顎を引く。


 やっぱり美月には敵わない、と調子に乗った罰を粛々と受け入れる晴は、数分後に制服に着替えて美月と一緒に写真を撮るのだった。


「……もう一生お前には逆らわない」

「ふふ。賢明な判断です」


 とシャッターが押される寸前、夫婦はそんなことを話したのだった。

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