第248話 『 私や慎さんをイジメる時は活き活きしてますけど 』


「うーん。やっぱり人目が気になる」

「あはは。まぁ、この恰好の私と貴方が手を繋いで歩いていたら、注目は浴びるかもしれませんね」


 眉間に皺を寄せれば、そんな晴に美月は苦笑を浮かべた。


 歩けば必ずと言っていいほど学生や参加者たちが晴と美月を好奇な視線を向けてくるのだ。おかげで気になって仕方がない。


 まぁ、全員の視線の理由はなんとなくだが分かる。


「(俺は見慣れているからあれだが、コイツ、傍から見れば美少女だもんな)」


 そんな事を胸中で呟きながら美月を見つめれば、彼女はこてん、と小首を傾げる。


「? どうかしましたか、晴さん」

「なんでも。皆、可愛いウェイトレスさんが気になるみたいだぞ」

「私だけじゃなく、貴方も女子からの視線を浴びてることに気付いたほうがいいですよ」


 わずかに嫉妬した風に言う美月に、晴は「アホか」と鼻で笑って一蹴する。


「俺のどこに興味を惹かれるのか分からん」

「貴方はもう少し、自分の容姿が整っていることを自覚すべきではないですかね」

「こんな能面みたいな表情の変化が乏しい顔を好むのはお前くらいだ」


 自分で能面て、と美月が呆れた風に嘆息する。


「こんなイケメンの能面があったら、私が買い占めてしまいますよ?」

「なら既に買い占めてるだろ。お代はいらん。墓に入るまで傍にいてやる」

「ふふ。なら後生大事に抱えていないといけませんねぇ」


 そんな下らない会話をしていると、視線も気にならなくなってくる。


 気持ちもわずかに気楽になれば、晴は美月の手をさっきよりも強く握り直した。それに応えるように、美月も無言で握り返してくる。


「それで、俺たちは目的もなく廊下を歩いている訳なのだが、お前は行きたいところないのか?」


 まだ歩き始めて間もないとはいえ、肝心の出し物には一つも触れていなかった。

 晴の問いかけに、美月は「そうですねぇ」と顎に手を置くと、


「晴さんは私たちの教室に来るまで、どこかに寄り道しましたか?」

「お前と回るって約束してるのにする訳ないだろ」

「貴方も私と文化祭回るの楽しみだったんじゃないですか」

「な訳あるか。二回も同じところに行っても新鮮味が薄れるだけだ」


 端的に言ってしまえば、文化祭の出し物は古典的なものが多いので、歳を重ねるほど好奇心が働かなくなってくるのだ。


「文化祭を心の底から楽しめるのは高校生までだ。歳を取ればとるほど業務的なものになっていく。だから、お前は今のうちに青春を謳歌しておくんだな」

「なんて悲しいことを……仕方がありません。今日は感情が死んでしまった貴方を満喫させる為に、この私がデートプランを練ってあげましょう」

「感情は生きてるからな? 起伏が少ないだけで、まだかろうじて生きてる」

「貴方の場合、本当に顔に出ることが少ないですからね。私や慎さんをイジメる時は活き活きとしていますけど」

「語弊がある。イジメてない。揶揄ってるだけ」


 どっちも同じな気がするし、なんなら慎に関しては積極的に玩具にしている節もある。


 自分はSなのだろうか、とそんな思案する晴に、美月はくすっと笑うと、


「では、私と貴方の文化祭デート。本格的に始めましょうか」

 

 △▼△▼▼



 美月と晴がまず初めに入ったのは、なぜかコスプレが楽しめる模擬店だった。


「なんでこんなことに」

「お前がそんな恰好してるからだろ」


 女子高校生に背中をぐいぐいと押されながら、二人はこうなってしまった経緯を振り返る。


「普通に歩いてただけなのに、誘拐されたみたいに捕まったからなぁ」

「貴方がきっぱりと断ればよかっただけじゃないですか」

「まぁ、興味はあったし」


 と言えば、美月は目を丸くする。


「晴さんがコスプレしてみたいだなんて……」

「何言ってんだお前」

「へ?」

「俺は自分がコスプレするとは一言も言ってない」


 淡泊に言えば美月が唖然として、まさかと頬を引きつらせる。

 そんな美月に晴はニヤリと悪い笑みを浮かべると、


「するのは俺じゃなくてお前だけだ」

「う、裏切り者⁉」


 旦那の裏切り行為に涙目になる美月。そんな美月を係の学生に渡すと、


「好きなだけ彼女でコスプレさせていいから、皆楽しんで」

「ありがとうございますカレシさん! 最高の素材は最高に仕上げますので、カレシさんも是非お楽しみください! 写真も好きなだけ撮ってどうぞ!」


 コスプレ料金を受け取った前髪をピンで止めている女の子が晴に敬礼して、それから美月に息を荒げながら振り向く。


「あ、あの、ちょっと待って……」

「大丈夫です! そんなエッチなコスプレは先生に怒られたのでありませんから! ……攻めた衣装はありますけど」

「今攻めた衣装はあるって言った⁉ ちゃんと聞こえた⁉」

「あ、キミ。せっかくならその衣装を着せてあげて。てか見たい」

「このドS悪魔⁉」


 美月に睨まれるも、晴だって男なのだから仕方がない。どういう衣装なのか小説家としても興味がある。


「許せ美月。これも小説の為だ」

「小説と私どっちが大事なんですか⁉」

「どっちも大事だ。そして、今はどちらかと言うと小説の方が大事」

「この薄情者⁉」


 悲痛の叫びを上げながら、美月はずるずるとフィッティングルームに引きずられていった。

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