第247話 『 手を繋いで文化祭デート、したいです 』


 午後。

 人気も更に増える廊下で、ぽちぽちとスマホをイジっていると、


「お待たせしました、晴さん」

「ん」


 視線とスマホの間に割って入り込んできた顔にわずかに驚くも、それは顔に出ることなく美月と再会した。


「……なんでウェイトレス服のままで来たんだ」


 呆れた風に言えば、美月は「だって」と口を尖らせて、


「急いでたんです。仕方がないじゃないですか」

「何を急ぐんだ?」

「それくらい察してください」


 ふん、とそっぽを振り向いた美月。


 美月の言いたいことが分からなくもないが、それにしても楽しみにし過ぎではないだろうか。


 まぁ、浮かれるのも今日くらいは見逃してやるか、と苦笑をこぼすと、


「行きたいところは特にないから、お前の好きなところに着いていく」


 そう言いながら、晴は美月の手を握り締める。

 そんな繋がれた手を、美月はぱちぱちと目を瞬かせながら見つめていた。


「いいんですか? こんな所で手を繋いで」


 恥ずかしくないの? と視線で問いかけてくる美月に、晴は顔色一つ変えずに答える。


「もう慣れた」

「私は少し恥ずかしいです」

「じゃあ止めるか?」


 そう問えば、美月はふるふると首を振った。


「嫌です。今日は手を繋いで、貴方と文化祭を回りたいです」

「なら最初からそう言うこった」


 手を振り払おうとしないから、最初から答えなど決まっていたのだ。


「ふふ。これはお仕事頑張ったご褒美ですか?」

「そんな訳ないだろ。これは迷子にならない為の対策だ」

「私はここの生徒なので迷子になんかなりませんよ?」

「バカ野郎。迷子になる可能性はお前じゃなくて俺だ」


 真顔で言えば、美月が辟易とした風にため息を吐いた。


「大人なのになんて情けない。これでは私と晴さん、どっちが大人か分かりませんね」

「いつも甘えてくるやつが大人ぶるな」

「甘えさせてくるのは貴方でしょう」

「ほぉ、なら今度からは控え……」

「そんなことしたら夕飯抜きですからね」


 なんて卑怯な手を。


「くっ。おかず一つ抜きならまだしも、夕飯抜きは横暴だぞ。旦那に対するDVだっ」

「DVな訳ないでしょう。妻を甘えさせるのは夫の務め……もとい、晴さんの務めです」


 ふふ、と女王のような笑みを浮かべる美月に、晴は奥歯を噛む。


「いつも家事と料理は任せきりだから何も反論できん。なんて悪女だ」

「誰が悪女ですか。私は貴方の愛しの妻ですよ」

「愛しの妻は旦那を尻に敷かないと思うがな」

「愛ゆえの、ですよ」

「どんな愛の形だ」


 そうツッコめば、美月はちろりと舌を出す。


 いいように転がされている。そう思いながらも、晴は美月の手をきゅっと握り締めて。


「これからも甘えさせ続けるから、絶対に俺の下から居なくなるなよ。居なくなったら死ぬからな」

「安心してください。これからも執筆おバカさんの貴方を支えてあげますから。その代わり、愛情を注いでくださいね」


 やっぱり。妻には敵わない。

 可愛らしくおねだりしてくる妻に、晴はやれやれと肩を落としながら、


「当然だ。お前が傍にいる限り、ずっと愛情をくれてやる」

「ふふ。言質取りました。それじゃあ、まずは念願の文化祭デート、満喫しましょうか」


 晴の手を引いて、美月は歩き出す。

 美月に手を引かれながら、晴は苦笑を浮かべると、


「今日は疲れそうだな」


 美月に振り回される未来が容易く見えて、ため息を一つ吐いた。



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