第246話 『 頑張ったご褒美。たくさん下さいね 』


「はぁ。貴方を席に案内するだけなのに疲れました」

「奇遇だな。俺も案内されるだけなのに疲れた」


 肩を落とす美月に、晴は苦笑を浮かべる。


 JKのコミュ力って凄いんだなぁ、と内心で感心しつつ、晴は目下にあるメニューを開いた。


「ほぉ。学生の模擬店だが、メニューはわりと豊富なんだな」

「あはは。これやるのか相当皆で考えましたけどね。ただ、クラスの一人の子が「絶対にやる!」って言って聞かなくて。そのおかげで売り上げも上々ですけど」


 飲み物、食べ物で系十種ほど用意されていて、さらに限定メニューなのだろう【カップル限定】のものまであった。


「最近の学生はよくやることで。それでオススメは?」


 美月は、はいと相槌を打ち、


「学生さんや若い人たちにはカフェオレと紅茶のシフォンケーキが人気ですよ。甘さ控えめのシフォンケーキと、ミルク多めのカフェオレの相性がいいそうで」


 じゃあそれにしようかな、と思ったものの、この後美月と文化祭を回る予定なので、お腹に入れるなら軽食がよかった。


「オススメを聞いておいてあれだが、サンドイッチを頼めるか? この特製サンドイッチってやつ」

「ふふ。それ、晴さん何度も食べたことあるものですよ」


 美月の言葉にはて、と小首を傾げれば、美月はたおやかに笑いながら言った。


「特製サンドイッチという名目ですが、具材はそぼろのピリ辛和えです」

「あぁ、お前が朝よく作ってくれるやつか」


 そうです。と美月が微笑む。


 それは以前、美月が公園デートで作ってくれたものだ。あれ以来、晴のお気に入りにランクインし、美月が時間に余裕のある休日に作ってくれるになった。


「前にお弁当として学校に持って行ったんですよ。その時に皆気になったみたいでシェアしたんです」

「で、それがあまりに絶品だったから文化祭でも出そうと」

「その通りです」


 ある程度予想を立てて結末を言えば、美月は親指を立てた。


 美月の料理の腕が一級品なのはおそらく学級でも既知されているのだろう。それが評価されて、遂に文化祭のメニューにまでなってしまった訳だ。


「このままいけば、その内chiffonでもメニューとして出されるんじゃないか?」

「あはは。流石にそれはないと思いますよ」


 美月は否定するが、chiffonのマスターなら案外メニューとして出しそうな気がする。


「どうしますか? 別のメニューにしますか?」


 そう促されるも、


「いや、これでいい。他のお客さんもいるし、時間をかけるのも申し訳ないから」


 ちらっと見れば、お昼が近いこともあって列ができ始めていた。


「それと……あとはブラックのコーヒーで頼む」

「畏まりました。……ふふ。ちなみにこのコーヒー。chiffonの豆を使ってるんですよ」

「そうなのか」

「はい。マスターにお願いしたら、豆を用意してくれたんです」

「どうりでメニュー表にオススメって書いてるわけだ」


 学生の文化祭で本格派のコーヒーを飲めるなんて滅多にない機会だ。流石に淹れ方にはプロと学生で違いはあるだろうが、それでも喫茶chiffonのコーヒーをここでも味わえることに変わりはない。


 おまけに、接客に手慣れている優秀なウェイトレスもいるし。


「それでは、特製サンドイッチと拘りコーヒーをご用意いたしますので、少々お待ちください」

「そんな畏まらなくてもいいのに」

「今は大切なお客さんですから」


 そう言って微笑みを向ける美月に、晴はその通りだなと苦笑を浮かべた。

 晴に一礼して、美月が去ろうとした、その間際だった。

 くるりと踵を返した美月が、紫紺の瞳を細めながら言った。


「午後は一緒に文化祭回るんですからね。食べすぎ、注意ですよ」

「分かってるよ。その為に来てるんだからな」


 ならよろしい、と三日月を浮かべた美月は、今度こそ晴から離れていく。

 その背中を見届けながら、晴は呟く。


「頑張れよ、美月」


 △▼△▼▼



 晴は注文したコーヒーと特製サンドイッチを食べながら――再びJKからの集中砲火を受けていた。


「美月さんのカレシさん、美月さんから社会人って聞いてるんですけど、お仕事は何やってるんですかぁ?」


 なんだこのキャバクラみたいな空間は、と思いつつも、質問には律儀に答える。


「一応、本を書いてます」

「てことは小説家⁉ すごー!」

「金持ちっぽいオーラが滲み出てる訳だ~」


 どういうオーラだよ、と内心でツッコむ。

 そんなツッコミもすぐに次の質問に揉まれて、


「じゃじゃ次の質問! 休日は何してますか?」

「読書と……美月とデートかな」


 きゃー! と黄色い歓声が上がる。そんな盛り上がる解答だったろうか。 


「じゃあ次私の番! カレシさんは、美月さんのどんな所を好きになったんですか⁉」

「ええと、家庭的なところと、綺麗な黒髪と、一緒にいて落ち着くところ……」

「ちょおっと待った――――――――――っ!」


 とJKたちからの質疑応答を止めさせたのは、顔を真っ赤にさせた美月だった。


「皆接客は⁉」

「「今してるよ?」」

「一人に対して四人は違うよね⁉ というかなんで午後の人たちまで集まってるの⁉」

「人手が多いことに越したことはないかな、って」

「それなら普通に手伝ってよ⁉」

「……いや、今シフト外なんで」

「なら手伝いに来た訳じゃなくて私のだん……カレシを観に来ただけだよね⁉」

「聞きましたかカレシさん! 私のカレシですって!」


 ひゅー、と女子たちがにやにやしながら見てくる。

 そんな女子たちに晴は頬を引きつらせながら、


「美月もこう言ってるし、キミたちもそろそろ作業に戻ったほうがいいんじゃないかな」


 できるだけ波風立たないように促すも、女子たちは一向に晴の席から離れる素振りをみせない。


「えー、でも美月さんのカレシさんから話を聞ける機会なんて滅多にないから、もう少しお話聞きたい!」

「ね、もう少しカレシさんといる時の瀬戸さんのこと知りたいよね」


 どうやら晴のことも気になるようだが、それ以上に美月のことが気になるらしい。

 ただ、そんなことを美月が許すはずもなく。


「皆が知りたいことは今度私が教えるから、だから作業に戻ろうよ」


 そう促すも、やはりクラスメイトたちは晴の席から離れようとしない。


「皆。あまり騒ぐと他のお客さんに迷惑掛かるから、もう少し静かにね」

「注意するだけで質問を止めろとは言ってない……ということは続行で!」

「中断だよ⁉ 静かにするならオッケーって意味じゃないよ⁉」


 こんな慌てている美月初めてみた。

 その感想はどうやら周りの子たちも同じなようで。


「美月さん。今日はカレシさんが来てるから一段とテンション高いね!」

「このテンションの高さはそういうのじゃないから! この人が皆の質問に素直に答えちゃうのが怖いだけだから!」

「あはは。いいよね美月さんのカレシさん。気になったこと質問すれば親切に答えてくれて」

「私は嫌だよ⁉ なんかプライベート暴露されてるみたいだもん!」


 たしかにこのままだと、美月に関する情報が晴の口から全て漏洩する勢いだ。


 だから美月がクラスメイトを必死に晴から引き剥がそうとしている理由は、どうやら身内による情報漏洩を防ぐためらしい。


 そういうことなら。


「皆からの質問は今日はこれまで。また知りたいことがあったら、美月か今度会った時に教えるよ」


 その時は既に興味なんか失くしているだろうと思案しながら手を叩けば、女子たちは名残惜しそうに口を尖らせた。


「はーい。美月さんの言う通り、もう少しカレシさんと話してたかったけど仕事戻ろっか」

「そうだね。あんまり二人の甘い時間をしちゃダメだもんね」

「私接客したの見てたでしょ⁉ ちゃんと晴さん以外の接客してたよ⁉」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶ美月に、クラスメイト達はにしし、と笑いながら去っていく。


 ようやくJKたちから解放されると、どっと重いため息がこぼれた。


「……嵐が通り過ぎたみたいだ」

「ご、ごめんなさい晴さん。当日に晴さんが来るって言ったら、皆楽しみにしちゃって」

「俺如きになんの興味があるのか甚だ理解ができないが、そういう年頃だという解釈で納得しておいておく」


 ありがとうございます、と申し訳なさそうに美月が頭を下げる。

 気にすんな、と美月の頭を上げさせた後、晴は美月のことをジッと見つめた。


「な、なんですか?」

「いや、やっぱりお前が一番可愛いなと思って」

「きゅ、急に何を言い出すんですか貴方は」


 しれっと言えば、美月が顔を真っ赤にする。


「こんな所で口説かないでください」

「もう口説き終えてるだろ。結婚してるんだから」

「それはそうですけど……でも、今可愛いって言われると、集中できなくなってしまいます。ただでさえ、貴方がいるだけでにやけてしまうのに」

「お前どんだけ俺のこと好きなんだ」


 呆れながらも、そう思えてもらえるのは素直に嬉しかった。

 ただ、これ以上この美月に迷惑をかける訳にもいかないので。


「なら、この続きは後にとっておくか」


 カタリ、と椅子を鳴らしながら立てば、晴は紫紺の瞳を見つめて。


「クラスの為に頑張ってこい。それが終ったら、ご褒美やるから」


 今は美月も仕事中だから触ることはできない。

 代わりにそんな言葉を贈れば、美月は「はい」と破顔して、


「頑張ったご褒美。たくさんくださいね」


 教室に漂う。晴と美月の甘い空間。


 それは見事に、学生とお客さんたちを胸やけさせるのだった。

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