第245話 『 ……指名制度じゃないんですけど 』
――文化祭二日目。
「おー、流石に混んでるな」
一般開放日ともあって、廊下には学生と来場客で埋め尽くされていた。
人混み嫌いなんだよなぁ、と早々に帰りたい葛藤と戦いながらも少しずつ目的地と距離が近づいてくれば、ようやくお目当ての教室に入ることができた。
「いらっしゃいませー……って晴さん⁉」
「おう」
ぺこりと頭を下げた学生は晴を見た瞬間、驚愕に目を見開いた。
そのあまりの慌てように思わず吹き出しそうになってしまうのを堪えながら、晴は美月に手を振った。
「なななんで此処に⁉ 午後に来るって言ってたじゃないですか⁉」
「せっかくだからお前の働く様を見ておこうと思ってな」
あっけらかんと言えば、美月は未だに動揺が収まらないのか口をぱくぱくさせていた。
「そういうのは事前に言ってほしかったです」
「なんで?」
「なんで、って……恥ずかしいからに決まってるからですよ」
「お前、普段はchiffonで平気で働いてるだろ」
と言えば、美月は「それとこれとは違うんです!」と両腕を振った。
「今日はchiffonの制服じゃないですし……対応は同じですけど」
「恥ずかしがることなんてないだろ。それも似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
晴の賛辞を、美月は頬を朱く染めながら受け止める。
二人の間に甘い空気が漂うと、それに吸い寄せられるように続々と女子たちが集まって来た。
「もしかして美月さんのカレシですか⁉」
好奇心を溢れんばかりに瞳に灯す少女の問いかけに、晴は久しぶりに社交用の自分を引っ張り出しながら応じた。
「そうだよ」
と肯定すれば、女子特有の高い歓声が教室に響く。
今接客中だよな? とは思ったものの、午前だからか人の入りも落ち着いているので疑問は胸の中に留めて置いた。他のお客さんの対応は、美月のカレシ(本当は夫だが)である晴のことが気になっている男子高校生たちに任せることにした。頑張れ。
「いつも美月と仲良くしてくれてありがとう」
「久しぶりに見ましたね、その外面モード」
隣で美月が小言を吐くも、それは意図的に無視した。
そして、そんな晴の対応に美月のクラスメイトたちはというと、
「やばめっちゃイケメン。しかも見るからに富豪っぽい⁉」
「いいなぁ、瀬戸さん。こんな見るからに優しそうなカレシさんがいて」
「そ、そうかな」
羨ましそうに見てくるクラスメイトに、美月はぎこちない笑みを作る。
「と、とりあえずここだと他の人の迷惑になるから、一旦席に案内しようよ」
「そうだね。あ、聞きたいことあるから私が接客したい!」
「えー、私がしたいんだけど!」
「いやここは私が」
誰が晴の接客をするかで揉め始めた。
なんだこのハーレム状態は、と内心で嘆息しつつ、
「皆も作業あるだろうし、〝この子〟に接客してもらうよ」
と隣に立つ美月に微笑みを向ければ、また女子たちの悲鳴が上がった。
「……指名制度じゃないんですけど」
「……別に誰だって構わない」
口を尖らせる美月に、晴は淡泊に返すと、その頬がふぐのように膨らんだ。
「その言い方はずるいです。せっかく来てくれたんだから、私が貴方の接客したいです」
「ワガママなメイドだな」
「メイドじゃありません。ウェイトレスです」
といつもみたく口喧嘩をしていると、
「お二人さん。さっきからなにこそこそ話してるんですかぁ」
「な、なんでもないよ~」
にやにやと悪い笑みを浮かべるクラスメイトに、美月は頬を引きつらせた。
「そ、それじゃあ、この人は私が接客するから、皆は他のお客さんの接客お願い」
「カップル同士仲良くねー」
「美月さんのカレシさん。後で話聞きに来まーす!」
「はは。皆も頑張ってね~」
優しい、とか私もあんなカレシ欲しい、とか言いながら女子たちが去っていく様を見届けると、晴はどっと重いため息を吐いた。
「やっぱ来るんじゃなかった」
「…………」
「? どうした?」
ちらっと隣を見れば、何故か美月が不服そうな顔をしていることに気が付いた。
はて、と小首を傾げる晴。そんな晴に、美月はきっと睨むと、
「貴方は私の旦那さんなんですからね。他の女の子に目移りしちゃダメですよ?」
晴の袖をきゅっと握りながら、美月はそう言った。
愛い奴め、と自然と笑みが浮かぶと、
「する訳ないだろ。俺はお前以外に興味ないからな」
そうさらりと返せば、嫉妬に膨れていた頬が萎んで、今度はボフンッ! と爆発したのだった。
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