第244話 『 ……どうせなら口にして欲しかったです 』


 お風呂上り。


「美月。次フロ……」


 タオルで濡れた髪を拭きながらリビングに行けば、そこには天使――ではなく寝息を立てる美月がソファに転がっていた。


 やれやれ、と嘆息を吐いて晴は無防備に眠っている美月の下へ足を運ぶ。


「起きないと風邪引くぞ~?」

「ん~……むにゃむにゃ」


 軽く頬を突くも、反応は特にない。


 相変わらず柔らかい頬なことで、と微笑をこぼしながら、晴は妻の寝顔を見つめた。


 こうして見ると、本当に子どもだ。流石に赤ん坊ほど幼くはないけれど。


「人の気も知らずに、幸せそうな顔して寝やがって」


 きっと、いい夢でも見ているのだろう。ふへへ、と寝顔が嬉しそうにはにかむ。


「……俺は、お前をちゃんと幸せにできているんだろうか」


 今日。ミケとの会話を述懐しながら、晴はぽつりと呟いた。


 無論、晴は晴なりに美月を幸せにさせようと努力しているのだ。華から聞いた、幼い頃から一人でいることが多かった過去も含めて、晴はその寂しかった時間を埋てあげたいと思っていた。


 妻とは言っても、美月はまだ学生で子どもだ。


 だから、晴もつい美月を甘やかしてしまうのだろう。結果的に、それが美月の笑顔に繋がっているが。


「約束する。俺は必ず、お前を幸せで居続けさせる」


 きっと、この誓いは美月には届いていない。晴の独り言。けれども、静かな声音に確かな決意を立てる。


 執筆ばかな自分だけれど、美月の為なら何だってしてやっていいと思えている。


 独り。深海の底にいた晴を救ってくれたのは、他の誰でもなく美月だから。


「――――」


 そっと顔を近づけて、額に唇を充てた。


 別に唇でもよかったけれど、それで起きられるとなんだか少し恥ずかしい。


 ゆっくりと唇を離していけば、晴は微笑を浮かべて、


「さてと、この眠り姫を部屋まで運ぶとするかな」


 すやすや、と幸せそうな顔をして眠る妻。


 今日はその顔に免じて、無理矢理起こさずお姫様抱っこでベッドまで運ぶことにした。


 晴の腕に抱かれる美月。その顔がほんのりと朱く染まっているのは、ここだけの話だ。


――――――――

【あとがき】

ちなみに、美月は悪い子なので本当は起きてて寝てるフリをしてるだけです。寝たふりをして旦那の反応を窺ってました。では、美月さん一言。


美月「……どうせなら口にキスして欲しかったです」


現場からは以上です。


 

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