第243話 『 料理してる晴さんも素敵ですねぇ 』
文化祭も一日目が終了し、美月は疲労感を連れて家に帰ってきた。
「……あれ?」
ガチャリ、と扉を開けた瞬間。美月は玄関に漂う良香に鼻孔を震わせた。
その匂いに釣れられるがまま靴を脱いで、廊下を歩いていく。
「リビングの方から匂いがする」
それもスパイスな香りだ。
もしや、と想像もしていなかった可能性を浮上させながらリビングに着けば、
「おう。お帰り」
「晴さん。何してるんですか?」
ぱちぱちと眼前の光景に目を瞬かせれば、リビングに立っている晴は当然のように答えた。
「見れば分かるだろ。料理してる」
「なんで⁉」
「そう驚かれるのも心外だな。俺だってメシの一つや二つくらい作れる」
お前程には及ばないがな、と付け加える晴。
嬉しい事を言われながらも未だに動揺している美月は、小走りで晴の下へ寄っていく。
視線を下げれば、香辛料の効いた香りからある程度候補は絞られていたがやはりカレーだった。
「なぜカレー?」
「まともに料理しないやつが唯一まともに作れるのはカレーくらいだ」
だからカレーを作っているらしい。
「野菜切って肉を炒めてルーをぶっこむだけ。それくらいなら俺でもできる」
「えらいえらい」
身体が勝手に晴の頭を撫でれば、本気で嫌そうな顔された。
「子ども扱いすんな」
「そうは言っても、普段私が作らない時は出前が外食に行く選択肢しかない貴方がこうして自主的に料理しているのは驚きと感動しかありませんよ」
「それは普段の俺が悪いとして……たまにはいいだろ。俺が夕飯を作っても」
「え、一人で食べるようじゃないんですか?」
「この量見てよく一人で食うなんて想像ができたなお前。一緒に食べるに決まってるだろ」
「てっきり小説の参考にでもするのかと思いました」
と少し揶揄った風に言えば、晴は「それも三割程度ある」と真顔で答えた。
やっぱり執筆ばか、と呆れながらも、胸には嬉しさが込み上がって。
「もしかして、私の為に作ってくれたんですか?」
そう問いかければ、晴は「まぁ」と少し照れをみせながら答えた。
「今日は文化祭当日で疲れてると思ってな。何もしないのも釈然としなかったし、やれることがないか考えてみたら意外と見つかったからやったまでだ」
「ふふ。妻想いの人」
「お前を想うのは当然だ」
そこはしれっと答える晴に、美月は堪らず頭を腕に押し付けた。本当は抱きつきたいけれど、料理している最中なので今は我慢だ。
「ちなみに、作ったはいいが味は保障できない」
「なら味見しましょうか?」
頼む。と晴は小皿にルーを少量掬って、それを美月に渡した。
こくり、と飲んで、
「ばっちしです」
と親指を立てれば、晴はわずかに安堵をみせた。
「ま、カレーなんて誰がどう作ってもある程度味は保障されるものだよな」
「そうですね。果物やコーヒー、お味噌を入れてコクを引き立てる人もいますが、私は市販のルーを入れて終わりですし」
「俺もそっちの方がいい」
と言うので、今後も市販のルーだけを入れようと脳内メモに留めて置いた。
それから、美月は晴の料理姿をまじまじと見つめながら深い吐息をこぼした。
「はぁ。それにしても感慨深いものですね。まさか晴さんが私の為に料理してくれるなんて」
「いつもはお前の作るものが絶品だからやらないだけだ」
自分が作って普通のものを食べるなら、どんな手を使っても美月の手料理を食べたいとのこと。
「そこに美味いメシがあるのに食えないのは誰だって辛抱堪らないもんだからな」
「ふふ。よかったですね。いつも美味しいご飯を作ってくれる妻がいて」
「あぁ。結婚してよかった」
「そ、そこまで直球で言われると照れますね」
効果は抜群だった。
熱くなった顔を手うちわで冷ましながら、美月は小さな笑みを作ると、
「でも、たまには貴方が料理当番でもいいんですよ?」
「その場合、俺が当番の時はずっとカレーになるけどいいか?」
嬉しいような、嬉しくないような、だ。
晴の手料理を食べられるのは嬉しいが、毎度カレーなのも飽きがくる。
「貴方の料理のレパートリーはカレーしかないんですか?」
「あるはあるが、やっぱりお前には勝てない」
晴は手先は器用だし、料理もやろうと思えばできるのだ。ただ、そこにやる気がないせいで拘ることがない。
「本当に貴方という人は、小説以外やる気のない人なんですから」
「裏を返せば、小説の為ならなんでもやるということだ」
屁理屈、と美月は苦笑を浮かべる。
それから、
「仕方がありませんね。では今後も、基本は私が八雲家の料理を担当するということで」
「基本ってどういう意味だ」
「私が今日みたいに疲れた場合や、どうしても貴方の手料理を食べたくなった場合にのみ、料理当番を代わってもらおうかと」
「半年に一回くらいなら……まあいいだろう」
「もうちょっとやる気をみせてくれてもいいんですよ?」
無理。と一蹴された。
やれやれと肩を落としながら、美月はカレーをかき混ぜている晴を見つめると、
「料理してる晴さんも素敵ですねぇ」
と内心で垂涎ものと思いながら、自分の為に料理してくれている旦那を鑑賞するのだった。
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