第240話 『 明日の文化祭、一緒に回らない? 』


「はむ……たこ焼きうま」

「美味しいねぇ」


 引き続き体育館裏にて。二人は仲良くたこ焼きを頬張っていた。


 友達とこんなところでたこ焼きを食べるなんて青春っぽいことしてるなぁ、と思っていると、


「そういえば、ミケ先生は文化祭来るの?」


 千鶴の質問に、冬真は「ううん」と悲しそうな顔をして首を振った。


「なんか締め切りが近い案件がいっぱいあるから、って……それで文化祭には行きたいけど来れないらしい」

「そうなんだ。私ももう一回ミケ先生拝みたかったなぁ」


 二人揃って、重いため息を吐く。


「自分が行けない代わりに写真いっぱい撮ってきてくれ、ってお願いはされたけど……僕一人で文化祭回るのも恥ずかしくて」

「影岸は?」

「修也くんは午前のシフトだから、必然的に予定は合わないかな」


 それにどうやら、修也は修也で予定があるとのこと。


 もしやデートでは、とこういうイベントならではの変な予感が働いてしまうが、修也からは「な、何もないんだ本当だよ⁉ 断じて、ホント断じてそういうのじゃないから⁉」と必死の弁明を受けているのでそういうことではなさそうだ。


「はぁぁ。こういう時ボッチって死にたくなるよね」

「また暗い空気を出す……しゃきっとしなよ!」

「あうっ。励ましの一撃が痛いよ四季さん」

「なよなよしてる冬真が悪いっ」

「うぅ、その通りですぅ」


 千鶴に一喝されて、何も言い返せず冬真はうめく。

 そんな冬真に千鶴はやれやれと嘆息して、


「……ねぇ、冬真。それなら明日の文化祭、一緒に回らない?」

「ひょえ?」


 一瞬何を言われたのか理解できずに啞然とすれば、千鶴は俯かせた顔から視線だけをくれて続けた。


「一緒に文化祭、回ろうよって誘ってるんだけど」


 俯いているから千鶴の顔が見えない。けれど、その頬が朱く見えるのは気のせいだろうか。


 冬真を見つめる瞳が、期待を宿しているのは、そうであって欲しいと願っているだけの錯覚だろうか。


 ――気のせいだ。全部。何かの間違いだ。


 馬鹿げた妄想を錯綜させる脳内を必死に落ち着かせながら、冬真は首を横に振った。


「そ、そんな四季さんが気にすることじゃないよ! 一人で回るのが恥ずかしいってだけで、そういうのは慣れてるから!」


 それに、と冬真は続けた。


「四季さんは美月さんがいるでしょ!」

「みっちゃんは明日、午前のシフトが終わったら速攻でカレシさんとデートする予定があるから」


 そういえばそうだった。


 美月がこの文化祭に妙にやる気なのは、晴とのデートを楽しみにしているからだ。ぶっちゃけて言えば、この文化祭においての美月の行動は、余すことなく晴と文化祭デートを満喫する為である。


「でも、四季さんなら他にも友達がたくさんいるでしょ。……それなのに、なんで僕なの?」


 同情のつもりなのだろうか。おそらくそうだ。

 浮ついた感情を否定するように問いかければ、千鶴は「ばか」と小さく罵って、


「私が、冬真と一緒に回りたいからに決まってるでしょ」

「――っ」


 そんなこと、あるのだろうか。


 千鶴の、顔を赤くしながら言った答えに、冬真は手を震わせる。


 ――これは、ただ僕が四季さんと友達だから誘われてるだけだ。


 そう、何かを必死に否定する脳裏に、千鶴のか細い声が届く。


「同情とか、そんなんじゃなくて……ただ、冬真と一緒に文化祭を回りたいだけ」


 きゅっ、と小さくて華奢な手が袖を握ってくる。


「冬真は、やだ? 私と一緒に回りたくない?」

「…………」


 訴えかえるように、千鶴の瞳が見つめてくる。

 それはまるで、何かを懸命に伝えようとしているように見えて。


「こ、光栄です」


 心臓の高鳴りを抑えながら頷けば、次の瞬間、千鶴の表情が一気に明るくなる。


「本当に⁉」

「ぼ、僕なんかでよければ。いくらでもコキ使ってください」

「むぅ。またそんなへりくだった言い方をする……普通に楽しみだねって言ってくれればいいのに」


 そんな陽キャみたいなことできない。


「た、楽しみでござる⁉」

「あはは。なんで武士? ホント、冬真は面白いなぁ」


 ただ緊張して噛んだだけなのだが、千鶴が笑ったので結果オーライだ。

 それから、千鶴は目尻に溜まった涙を拭うと、


「それじゃあ、明日の午後! 文化祭一緒に回ろっ」

「は、はい」

「約束だから! 破ったら承知しないから!」

「ぞ、存じております! 絶対に約束守ります!」


 敬礼すれば、千鶴はよろしい、と満足そうに微笑んだ。


 想定もしていなかった約束を取り付けてしまい、まだその余韻に浸っている時だった。


「やった。冬真と文化祭回れる。勇気、出してよかった」


 千鶴が何か言ったけれど、それは小さな声でうまく聞き取れなかった。ただなんとなく、自分と一緒に回れることに喜んでいるように聞こえて。


「(どうして、僕なんだろうか)」


 微笑む千鶴を見つめながらそんな自問自答をすれば――きゅっ、と胸が引き締まった。

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