第237話 『 絶対に定時に上がるっ 』
――文化祭当日。
月波高校の文化祭は二日に渡って行われる。
一日目は学生のみで行われ、二日目に一般開放される。
「私とみっちゃんは午後からのシフトだから、午前は気楽でいいねー」
「あはは。でも、混み具合なら絶対に午後だと思うよ」
千鶴と談笑をしながら、美月は賑わう廊下を歩いていた。
「ま、午後は絶対混むだろうね。なんたってわが校一の美人様がウェイトレス服を着てご奉仕してくれるんだから」
「私のウェイトレス姿見たいから来るっていう男子もどうかと思うけど、それでも売り上げに貢献できるならいいかな」
「うわお。意外と強かですなみっちゃん。自分という可愛さを武器に利益を得ようとするなんて」
「まぁ、私は接客慣れてるし、アルバイトでも制服姿を目的で来るお客さんも少なくないから」
「いいなぁ、みっちゃん。余裕そうで。私は心臓バクバクだよ~」
喫茶chiffonの制服は可愛いと有名なので、男子だけでなく意外と女性のお客さんも足を運んだりするのだ。流石に写真については異性はNGだが、同性ならば「いいよ」とマスターからも許可を得ている。
なので美月としてはこの文化祭はアルバイトの延長線上でしかなく、千鶴のようにあまり緊張もしていない。
「千鶴だってちゃんと接客の練習してたんだし、昨日の予行練習は完璧だったでしょ」
だから大丈夫、と励ますも、千鶴の顔色は悪くなっていく一方で。
「うぐぐ。やっぱり今からでもウェイトレス衣装じゃなくてジャージで接客したい!」
「それだと余計に目立つと思うけど……」
「目立つのが嫌じゃないんだよ! あれを着て接客するのが恥ずかしいの!」
両腕を振り回しながら反発する千鶴に、美月は「なら」と手を叩いて、
「冬真くんに励ましてもらえばいいんじゃない?」
「そ、それは……やだ」
口を尖らせる千鶴に、美月は「なんで」と眉尻を下げた。
すると千鶴は恥ずかしに指をもじもじさせながら、
「と、冬真には……カッコ悪い姿みせたくないし」
「あらあら。可愛いこと言っちゃって」
思わず抱きしめたくなってしまうくらい、千鶴の反応が可愛すぎた。
胸に湧き立つ衝動をぐっと堪えつつ、
「というか千鶴、すごく今更なんだけど、冬真くんと回らなくてよかったの? 冬真くんも私たちと同じシフトだから、今の時間は空いてるはずだけど」
「いや、誘おうとは思ったけど……」
「思ったけど?」
「準備手伝ってたから、誘おうにも誘えなかった」
「そうなんだ」
前日に念入りに準備していたといえ、やはり当日は忙しなくなるものだ。きっと、お人好しで優しい冬真は慌ただしい周囲の様子を見て「僕も何か手伝おうか」と手を差し伸べたのだろう。
「せっかく千鶴と文化祭回れるチャンスだったのに、勿体ないなぁ、冬真くん」
「いやいや、べつに元から誘う予定はなかったから! ……ただ、暇だったら一緒に回ろうかなー、って思ってたくらいで」
「なにこのツンデレ。可愛すぎるんですけど」
冬真を好きになってからどんどんツンとデレの供給が増していく千鶴を愛しく思いながらも、美月は抱きしめたい衝動をぐっと我慢する。
ふぅ、と心を落ち着かせて、
「冬真くん優しいから、困ってる人がいたら放っておけないんだよ」
「知ってる。本当にどうしようもないやつだよね」
口ではそう言いながらも、千鶴の表情は柔らかい。
本当に冬真のことが好きなんだと伝わってくるから、美月も思わず微笑みがこぼれてしまう。
「それなら、頑張ってる冬真くんに飲み物でも差し入れにいったら?」
「でも、それだとみっちゃんが一人になっちゃう」
ここにも一人、優しい女の子がいた。
「気にしなくていいよ。私も可憐に差し入れ届けに行くから。それに、私は今日より明日の方が楽しみだから」
「あは~。そいえば明日はカレシさんが文化祭に来るんでしたねぇ」
挑発的な笑みを浮かべる千鶴に、美月はわずかに照れながら首肯した。
「うん。だから楽しみは取っておきたいんだ。晴さんとの文化祭、めいっぱい楽しみたいから」
「みっちゃん。どんだけカレシさんと回るの楽しみにしてるのさ」
「それは内緒」
人差し指を口に充てれば、千鶴は「けち~」と口を尖らせた。
内心、美月は早く晴と文化祭を回りたくてうずうずしていた。それを我慢するのも、隠すのもそろそろ限界なので、今日は家に帰ってすぐ晴に抱きついてしまうかもしれない。
「私は今日も勿論頑張るけど、明日は凄く本気を出すから。絶対に定時に上がるっ」
「おお、こんなにやる気を漲らせてるみっちゃんを見るの初めてかも」
千鶴が若干引いていた。
それから、千鶴は「分かったよ」と口許を緩ませると、
「みっちゃんの言う通り、冬真に差し入れあげてくる」
「うん」
「そ、それで……頑張って、明日一緒に回れるかどうかも、聞いてきます」
顔を赤くして言う千鶴に、美月は紫紺の双眸を細めると、
「頑張ってね、千鶴」
「うん。めっちゃ頑張る!」
美月のエールに、千鶴は両脇を引き締めて強く頷いた。
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