第236.5話 『 仲睦まじい夫婦の邪魔をしたくないだけですよ 』


「ねぇ、晴―。俺も月波の文化祭行っていい?」

「いちいち俺の許可を取るな。勝手に行けばいいだろ」


 コーヒーカップに口をつけながら淡泊に返せば,慎は「相変わらず冷たいな」と頬を引きつらせた。


「一人で行くんじゃなくてさ、晴と一緒に行きたいって話してるんだよ」

「成人男性二人で高校の文化祭行くとか絵面が気色悪いな。そういうのは俺とじゃなくて詩織さんと行け」

「それがさ、詩織ちゃんは土曜日友達と映画観る約束しちゃってるんだよね」

「ふーん。お前は誘われなかったわけだ」


 と言えば、慎はいやいやと首を横に振って。


「俺が遠慮したんだよ。同じ映画をその日のうちに四回観るのは、流石にね」


 慎の苦笑に、晴はあー、とうめく。


「映画観ると特典が貰えるとかいうやつか」

「そうそう。今回はメモリアルカードが特典らしいんだけど、それがランダムみたいでさ」

「で、それの推しが当たるまで映画を観ると」


 そういうこと、と慎は指を鳴らした。


 それなら人を増やした方が各々の推しキャラを当てられる確率が当たるのでは、と思惟すると、そんな思考を読んだのか慎は「俺、そのアニメに興味ないから観ても感動味わえないんだよね」と遠い目をしながら言った。どうやら、既に何度か付き合っているらしい。


 ご愁傷様、と胸中で慎を労いつつ、


「べつにお前を連れていくのは構わないが、途中で一人になるぞ」

「なんで?」


 眉根を寄せれば、その数秒後に不快な笑みが浮かび上がった。


「なるほど~。美月ちゃんと文化祭デートするからですな~」

「その神経を逆撫でる口調やめろ。そもそも、俺はアイツの休憩時間に行って、少し回ったら帰るつもりだ」

「うわ。なにその『愛する人の為に好きでもないことに付き合う献身的な旦那感』。晴くんはいつの間にそんな愛妻家になったんですか……って指――――っ⁉」

「美月と約束してただけだ。俺はそれを履行するだけ」


 晴にとってはいつものことなので、美月のお願いに付き合うのは今更だ。ただ、慎の挑発が不快だったので指は折っておいた。


 それから慎は負傷した指にふーふー、と息を吐きかけながら言った。


「……挑発したのは悪かったけどさ、でも指はないでしょ。俺らの商売道具よ」

「自分から焚きつけておいてお咎めなしだとでも思ったのか。何年付き合ってると思ってる」

「なら数少ない友人をもう少し大切に扱ってもいいと思いますけどね⁉」

「数少ない友人だと自覚してるなら尚更そんな友人に配慮をみせてもいいと思いますけどね」


 淡々と言い返せば、慎は「ああ言えばこう言う⁉」と奥歯を噛んだ。

 晴と口喧嘩しても勝てないと悟ったのか、慎は大仰にため息を吐くと、


「止めだ、止め。お前と喧嘩しても埒が明かないわ」

「懸命な判断だな。俺と口喧嘩で勝てると思うな」

「うざっ⁉ 心底うざっ⁉」


 嘲笑を向ければ、慎は悔しそうにテーブルを叩いた。

 また一つ慎から幸福が去っていくと、話題は文化祭へと戻り、


「それで、文化祭は一緒に行ってもいいの?」

「好きにしろ。たださっきも言った通り、美月の休憩時間になったら一緒に回ることを優先するからな」

「お前どんだけ美月ちゃんと文化祭回りたいんだよ」

「俺じゃなくて美月がな。たぶん、一緒に回らなかったらしばらく不機嫌になる」

「晴も難儀な子と結婚しちゃったねぇ」

「年頃の娘なんて大体そんなもんだろ」


 十七歳の少女だ。まだまだ好きな相手とイチャイチャしたい時期だろう。

 自分と美月には落ち着いた恋愛は無縁そうだ、と耽っていると、


「そういうことなら、俺は今回は文化祭行くの諦めようかな。いい資料を取れると思ったんだけど」

「そういうことなら一緒に行くか」

「小説のことになると食いつき具合が段違いだな」


 この執筆バカめ、と何故か呆れられた。

 それから、慎はひらひらと手を扇ぐと、


「俺のことは気にしなくていいから。JK妻との文化祭デート楽しんできなよ」

「言い方にどことなく棘があるのが腹立つな」


 皮肉のつもりか、と眉間に皺を寄せれば、慎はまさか、と鼻で笑って。


「仲睦まじい夫婦の邪魔はしたくないだけですよ」


 慎はそう言うも、やはり晴は信用できなかったのだった。

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