第235話 『 控えめに言って、勝ち目なくない? 』
金曜日から始まる文化祭も、いよいよ三日を切った。
そんな火曜日の放課後。
「ごめんね二人とも。私の相談に乗ってもらっちゃって」
「いいよ。私も今日はバイトないし、家に帰って晩御飯の支度するだけだから」
「私もこのあと塾だけど気にしなくていいよぉ。それに、千鶴の相談となれば聞かなきゃいけないからな」
美月と可憐は揃って笑みを向ければ千鶴はほろりと嬉し涙を流した。
「私はなんて幸せものなんだ」
「ならお礼にポテト奢って」
「今この瞬間幸せものじゃなくなったよ。普通に対価求めてくるじゃん」
「あ、じゃあ私はこの期間限定抹茶ケーキがいいな」
「みっちゃんも乗ってきた⁉ 勘弁してよ二人とも。今私、ぶっちゃけると本買い過ぎて金欠なんだよね」
「そういえば千鶴、ラノベにハマってるんだっけ。金城に影響されて」
可憐の指摘に、千鶴はうっ、とうめいた。
「そ、そうだよ。文句ある?」
「ある訳ないよ。私も小説はけっこう読むし。それに千鶴が好きな【微熱に浮かされるキミと】も全巻読んでるよ」
「マジ⁉ みっちゃんもビネキミ読んでるの⁉」
ビネキミ、とは【微熱に浮かされるキミと】の略称である。
こくりと頷けば途端、千鶴が目をキラキラとさせた。
「あれめっちゃ面白いよね! 私ラノベの中で一番好きなんだ!」
「うわー。その感想あの人に聞かせてあげたーい」
「あの人?」
「何でもないよ。こっちの話」
まさかその作者が美月の旦那だとは思うまい。
旦那である晴が褒められて嬉しいと思う反面、その感動を直接届けてあげられないのがなんとも歯痒かった。
いつか、千鶴にも小説家・ハルが自分の旦那だと打ち上げられればいいな、とそんなことを思っていると、
「なんか千鶴、興奮の仕方が金城に似てるね」
とテーブルに頬杖をつきながら言った可憐。
たしかに似ている、と美月も思わず賛同すれば、途端、千鶴の顔が真っ赤になって。
「べべ別に似てないから!」
「いやいや似てるよ。特に好きなものを熱く語る所がそっくり」
学校や料理の練習と、それなりに冬真とは過ごす時間が多い美月。なので、冬真の仕草や口調なんかは意外と覚えていた。
そして、千鶴の興奮の仕方だが、まさしく冬真が興奮した時と瓜二つだった。
「千鶴ちゃんや。チミはいったいどれだけ金城くんのことが好きなのかね」
「そ、そんなに好きじゃない!」
ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる可憐に、真っ赤な顔しながら反発する千鶴。
それから、千鶴は指をもじもじさせて、
「いや冬真のことは好き、だけど……でも、さ。冬真にはミケ先生がいるみたいだし」
「えっ。千鶴、冬真くんがミケ先生のアシスタントしてること知ってたんだ」
予想外の事実に目を丸くすれば、千鶴はうん、と首肯した。
「前に一度、冬真とミケ先生が買い物してる所を目撃しちゃったんだ。それで、その時に全部教えてもらった」
「そうなんだ」
千鶴から事情を聴いて、美月は深い吐息をこぼした。
経緯はなんであれ、千鶴は冬真とミケの関係を知った訳だ。おそらく、ただのイラストレーターとアシスタントではないことも気づいているはずだ。
「ミケ先生? 誰それ?」
この中で唯一、冬真とミケの関係性を知らない可憐が美月と千鶴の話に首を傾げた。
「そっか。可憐はミケさんのこと知らないんだっけ」
「教えて~」
そんな訳で可憐にもミケという冬真の雇い主のことを説明した。
「なるへそ。千鶴が昨日言ってた神様って、そのミケさんのことだったのか」
「うん」
「まぁ、超有名イラストレーターなら神様扱いなのも納得だねぇ」
一通りの説明を終えれば、その間に運ばれてきたポテトを咀嚼しながら可憐が呟く。
「ふむふむ。つまり、ミケさんは金城にとって憧れの人であり、絶対服従を誓えるほど崇拝していると」
「崇拝って言っていいかは微妙だけどね」
「みっちゃんの話を聞く限りだと盲目かってくらいミケさん一筋じゃん」
その通りです、としか言いようがなかった。
そして事実をつらつらと述べていく可憐は、千鶴に憐れみの瞳を向けて、
「控えめに言って、千鶴に勝ち目なくない?」
「それ言っちゃダメ⁉」
辛辣に事実を突きつける可憐。
美月もどことなくそれを感じていたからこそ、これまで千鶴には黙っていたのだが、まさか可憐が何の躊躇もなく告げるとは思わなかった。
放ってはいけない一撃を放ってしまった可憐の胸倉を掴んでいると、案の定千鶴はテーブルに崩れてしまい、
「だよね~。私じゃ到底ミケ先生には敵わないよぉ」
「で、でもほら。まだ冬真くんが本気でミケさんのことを好きだって確信はない訳だし」
「私より冬真と接する機会が多いみっちゃんがそれ言う?」
「……ごめんなさい」
じろりと睨まれて、美月は反論できずに頭を下げる。
しゅん、と落ち込む美月に、千鶴は「気にしてないよ」と力のない笑みをみせながら言った。
それから、千鶴ははぁ、とため息をこぼすと、
「可憐が幻想なら現実みせてやればいい、って言ったけどさ。私にそんなことできるかなぁ」
「案外できてるんじゃない? はむはむ……千鶴。いつにも増して積極的になってるし。本気で金城を好きになってもらおうとしてるんでしょ?」
「……うん」
千鶴が少し照れた素振りをみせる。
「ま、告る告らないは千鶴の自由だけど。するなら早めしといた方がいいよぉ」
なんで? と千鶴と美月は揃って眉根を寄せる。
理由を求める二人の視線に、可憐はまたポテトを一つつまみながら答えた。
「金城はまだミケさんのことを尊敬する人っていう対象でしか見てないんでしょ」
「そうだと思う」
「なら、それが好きだって気持ちに変わる前に、千鶴は冬真に現実をみせるべきだ。神様に恋をしたら、それこそもう千鶴には見向きもしないよ」
「――――」
それは、千鶴の心を焚きつけているのかもしれない。と美月は思った。
可憐の言葉はどれも正論だ。現状を俯瞰し、いずれ来る未来に危惧し、千鶴という普通の女の子が神様に勝てる唯一の算段を導き出している。
可憐の言う通り、冬真は遅かれ早かれミケに対する〝恋心〟を自覚する。
そうなれば本当に、千鶴の恋心は報われることなく終わってしまう。
それだけは、美月も嫌だった。
「……決めた」
「――ぇ?」
千鶴の小声が耳朶を震わせて、美月と可憐は目を瞬かせる。
その直後、それまでテーブルに顔を伏せていた千鶴はダンッ、と強くテーブルを叩くと勢いよく顔を上げて、そして宣言した。
「私! 冬真に告白する!」
「本当に⁉」
「急だなぁ」
その宣言に愕然とすれば、千鶴は「だって!」と継いで、
「うじうじくよくよしてもしょうがないじゃん! 可憐の言う通り、冬真がミケ先生を本気で好きになる前に告らないと私に勝ち目なんてないんだし!」
「それはそうだけど、いくら何でも猪突猛進が過ぎない?」
「当たって砕けろだよ!」
「砕けちゃダメ⁉」
砕けてしまっては何の意味もない。
それでも、一旦前へと進み出した足は止まる気はなくて。
「成功するかは分からないけど、でも、私はちゃんと冬真にこの気持ちを伝えるよ。だから二人とも、協力して!」
必死に懇願する千鶴。
そんな友人の頼みを、美月と可憐が首を横に振るはずもなく。
「分かった。千鶴の想いがちゃんと届くように、私も協力する」
「もち。親友の頼みごととあれば手伝うのが友ってもんよ~」
「うぅっ! 二人ともありがとう! 大好き!」
感極まって涙を浮かべる千鶴に、二人は微笑みを浮かべる。
友人が覚悟を決めたのなら、美月だって覚悟を決めなきゃならない。
例え、これがどんな結末になったとしても。
「(私はただ、千鶴たちの恋の行く末を見届けるだけ)」
晴との会話を思い出しながら、美月は首元に隠れる結婚指輪を握り締める。
――波乱の文化祭まで、残り二日。
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