特別篇 【 ハロウィン‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼ 】
十月。その月末にあるイベントいえば、
「……なにしてんの?」
「見て分かりませんか」
リビングで本を読んでいると、廊下から出て来た美月が頭に猫耳を着けていた。
どことなく恥じらいをみせる美月に小首を傾げながら思案していれば、
「晴さん。今日は何の日でしょうか」
「十月三十一日。以上」
淡泊に答えれば、美月は何やら重いため息を吐く。
「貴方がイベント事に無関心だということがよく分かりました」
「イベント? ……あぁ、そういえば今日はハロウィンか」
思い出して声に出せば、なるほど美月が猫耳を着けている理由が分かった。
どうやら、コスプレのつもりらしい。
「生憎そういうイベントには興味なくてな。ずっと無視してた」
「反応を見れば分かりますよ。晴さんはもう少し、イベントというものに興味を持ってもいいんじゃないんですか?」
「めんどい。だるい。興味ない」
「負の三コンボ……とことん嫌そうですね」
私生活は基本だらしないので、イベントごとにも首を突っ込むような性格ではないのだ。小説ではしっかり季節毎のイベントは回収するが、現実でそれをするとなると骨が折れる。
そういうわけで今日がハロウィンだという事をすっかり忘れていた訳なのだが。
「晴さん」
「なんだ?」
文章に視線を戻そうとすると、いつの間にか距離を詰めていた美月がぐっと顔を近づけた。
「トリックオアトリート」
「…………」
「お菓子くれなきゃいたずらしちゃいます」
猫の撫で声に似た声音で迫る美月。
紫紺の瞳に好奇心が垣間見えて、晴の反応を楽しそうに窺っている。
晴がお菓子なんて持ってないことは既に先の会話で理解したのだろう。
ない、と言えば美月が晴にいたずらをするのだろうが、それは晴も興味があった。
なので、
「じゃ、いたずらしてもらおうかな」
ぱたん、と本を閉じれば、晴はそのまま美月をソファーに押し倒した。途端、可愛らしい悲鳴が上がる。
「ぎゃ――っ⁉ なんでいたずらする側がいたずらをされるんですか⁉」
「失礼だな。いたずらなんてしてないだろ」
「抱いてる⁉ 私を抱いてますよ⁉」
「こんなのはいたずらには入らない。いたずらを受ける用意をしてるだけだ」
「なんでいたずらされる気満々なんですか⁉ なんで楽しそうなんですか⁉」
「お前が何してくれるのか興味がある」
悪戯な笑みを浮かべながら言えば、美月は紫紺の瞳を潤ませて生唾を飲み込む。
「それで? 小悪魔さんは、旦那にどんな悪戯をしてくれるのかな?」
「うぅ。晴さんの方が悪魔です。完全に魔王ですっ」
美月を揶揄うのは存外楽しいので、つい意地悪をしたくなってしまう。
そんな意地の悪い旦那の問いかけに、美月は顔を真っ赤にしながら、
「お菓子をくれない旦那さんには……罰として、キスを……」
「じゃあしてくれ」
「私のほうからするんですか⁉」
「当たり前だろ。いたずらする側なんだから」
「ううっ。なんですかこの辱めはっ。立場的には私の方が上なのにっ」
と美月は泣き言を吐くも、押し倒されたままだから状況的にも晴が上だった。
「これが年上の余裕というやつですか」
「いや、お前の反応を楽しんでいる旦那の遊び心だ」
「本当に魔王だっ⁉ ……旦那というより魔王ですよ貴方は!」
「いいからほら。キス、してくれるんだろ?」
いたずらの実行を促せば、美月はうぐ、と躊躇いをみせる。
それから数秒。ただじっと待っていれば、ようやく覚悟を決めた美月がゆっくりと顔を近づけてきて、
「――んっ」
柔らかい唇を押し付けてきた。
「……これっていたずらなんですかね?」
「お前の心情次第だな。いたずらと思えばそうだし、ただキスしただけと思えばそうなんじゃないか」
「いたずらとは到底言える気がしません!」
晴も同じ気分だった。
いたずらというより夫婦のスキンシップ。なんなら美月の方からキスしてきたからご褒美に近い気もする。
「で、兎にも角にもいたずらは実行したわけだが、俺としてはお前に何かお菓子をやらないといけないわけだ」
「もしかして、あるんですか?」
「ない。いや普通のお菓子ならあるけど、それじゃこの可愛い小悪魔さんは満足しないと思うんだが」
そう言えば、紫紺の瞳が一瞬大きく揺れた。そしてすぐ、桜色の唇に三日月が浮かび上がると、
「そうですね。満足しません。貴方に取り憑いている小悪魔は、ものすごく欲張りですよ?」
「知ってる。ワガママで甘えん坊。そんでもって甘いものが好きな小悪魔だ」
「ふふ。よく分かってらっしゃる」
嬉しそうな顔。慈愛を灯すその目に、晴は口許を緩める。
「デパートでも行って、食べたいもの買ってやるよ」
「いいんですか?」
「お菓子あげなきゃいたずらするんだろ。俺としては続けてもらっても構わないが」
「いえお菓子買いに行きましょう! いたずらを続けたら貴方ではなく私の心臓が持ちません」
挑発的に問い掛けた美月だが、晴に返り討ちにあってしまった。
顔を真っ赤にしながら頷く美月を見届ければ、晴はそんな愛らしい妻に嘆息すると、
「行く前にもう少しだけ、ネコミミを着けたお前を拝んでおくかな」
「これ着けてるのすごく恥ずかしいんですからね⁉」
素がサディストな晴の言葉に、美月は羞恥心で顔を真っ赤にしながら「もうやめてください⁉」と懇願するのだった。
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