第234話 『 じゃあ、今なら何やってもいい、ってことだ 』
「と、冬真!」
「な、なんでしょうか四季さん」
休み時間。いきなり千鶴に名前を呼ばれて冬真は困惑していた。
「と、冬真くん?」
「う、うん。だからなんでしょうか?」
「べつにっ。ただ何となく名前で呼んでみただけ!」
まるでツンデレヒロインみたいな台詞を吐きながらそっぽを向いた千鶴に、冬真はただ唖然とする。
「はっ⁉ まさか罰ゲームで僕のことを名前呼びしなきゃいけなくなったとか⁉」
「なんでそんなネガティブな思考になるんだよ⁉ ふ、普通に友達なら名前で呼ぶものでしょ」
どうやら罰ゲームではないらしく、ほっと安堵しながらも冬真は眉尻を下げた。
「うーん。でも僕と四季さんて下の名前で呼び合うほどまだ仲良くはないような……」
「あ?」
「いえ、僕と四季さんはめっちゃ仲いいです!」
ジロリと睨まれて、慌てて訂正した。
一瞬不機嫌な顔になるも冬真の肯定(半ば強制だが)を受けると千鶴は満足そうに笑った。
「だよね。私たちは仲がいい。だから、名前で呼び合うのは当然!」
「でも僕、女性には名前で呼ぶより苗字のほうが慣れてるんだよね」
「みっちゃんのことは名前で呼ぶくせに」
「それは……色々と事情がありまして」
「事情?」
眉根を寄せる千鶴に、冬真は「なんでもないです」と首を横に振ると、
「とにかく、僕が美月さん以外は基本、苗字で呼ぶようにしてるんだ」
「なにその変なルール」
「いやぁ、僕、小学校の頃にクラスの女の子を名前で呼んだら、凄く嫌な顔されたんだよね。正直、あれがトラウマで……だから名前で呼ぶことに抵抗あるんだ」
「名前で呼んだだけで嫌な顔されるとか、どんだけキモかったの?」
「普通に呼んだだけだよ⁉ ……たぶん。いや、緊張してたから変な顔になってかもしれないけど」
「じゃあキモかったかもしれないね」
あはは、と笑いながら言われた。
他意はないといえど、女子から悪態をつかれるとどうして心に負うダメージは絶大なのだろうか。
ほろりと浮かんだ涙をハンカチで拭う冬真に千鶴はけらけらと笑いながら「ごめん」と謝る。
「けどそっか。金城にもトラウマの一つや二つあるか。てか金城、めっちゃトラウマ持ってそうだね。興味あるから教えてよ」
「嫌だよ⁉ なんでトラウマを暴露しないといけないの⁉」
「そっちの方が金城をもっと知れるから?」
「それ絶対変な誤解が生まれるでしょ⁉」
「大丈夫。金城が黒歴史を持ち込んでも友達でいられる自信……ある!」
「最後間が空いてるじゃん! 絶対受け止めきれないじゃん!」
揶揄ってくる千鶴に、冬真はいい様に振り回される。
友達と喋っているというよりは弄ばれている気分だ。そんな惨めさを覚えると冬真は机に顔を伏せた。
「四季さんのイジワル」
「あはは。ちょっと揶揄い過ぎちゃった?」
弾む声音に、冬真はわざと返事をしなかった。
「おーい、金城くーん。ごめんて、機嫌直してよ」
「嫌だね。授業が始まるまで僕は自分の殻にこもる」
「陰キャみたいな真似するなぁ」
呆れられても、冬真も譲らない。
これは陰キャなりの陽キャに対する対抗策だ。挑発に乗っては相手の思うつぼ。ならば、ここはこれ以上揶揄われない為に無視するに限る。
そう思っていたのに。
「じゃあ、今なら何やってもいい、ってことだ」
「ななな何する気?」
不意に鼓膜を震わせた甘い声に、冬真はバッと顔を上げた。
顔を真っ赤にしながら千鶴の顔をみれば、彼女は心底楽しそうにケラケラと笑っていて。
「あはは。テンパり過ぎ。本当に面白いなぁ――冬真は」
目尻に浮かべた涙を指で払う千鶴に、冬真は悔し気に奥歯を噛む。
「くっ。なんて小悪魔なんだっ⁉ これだから陽キャ女子は⁉ 陰キャ男子の敵だよ⁉」
「まぁまぁ、そう敵対心向けないでさ、これからも楽しくやってこうよ。私たち友達じゃん」
「友達は友達を尊重するものだと思います!」
「それだと私が冬真を尊重してないみたいじゃん!」
「実際僕を揶揄ってたでしょうがあ⁉」
冬真と千鶴。席が隣同士の二人は、急速に距離を縮めていく。初めは少なかった会話も、今では喧嘩ができるくらいに。
そんな様子を、当然美月と可憐は見守っているわけで。
「あちゃー。ありゃ千鶴さん。金城くんを本気で好きになっちゃってますなぁ」
「あはは。まぁ、気が合う友達……には見えないよねぇ」
千鶴が冬真のことを名前で呼んだ時点で、美月と可憐は〝恋に落ちたな〟と確信したのだった。
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