第233話 『 我慢させたツケを払う感じになりません? 』
「冬真くんと何を話してたんですか?」
「べつに何も。……ただちょっと、大人としての助言をな」
その後帰宅した晴は、美月の問いかけに苦笑を浮かべながら答えた。
「いいアドバイスはできましたか?」
「どうだろうな。俺も大人としてはダメな部類だし」
「そうですかね。お仕事はきちんと締め切りに間に合わせていますし、なんなら余裕を持ちながらこなしてるほう。まぁ、私生活のほうはあれですけど」
「その為にお前がいるんだろ」
「やれやれ、妻の扱いが酷い旦那さんですね」
「そうならないように甘えさせてるつもりなんだがな」
意地悪な笑みを浮かべる美月に淡泊に言い返せば、妻は「それもそうですね」と微笑を浮かべた。
夫婦困った時は力を貸し合う。そういう関係を続けていきたいからこそ、晴は甘えん坊な妻のお願いを聞くわけで。
「それで足りるか分からないから家事も少しは手伝うようにしてるんだが、やっぱりもう少し分担したほうがいいか?」
「いいえ。むしろ家事を晴さんに頑張られてしまうと私の出番がなくなってしまいます」
「料理という唯一無二があるだろ」
「それだけで私の気が済むと思いますか?」
「しないな」
美月も晴に似ていて、意外と一度決めたことは曲げない性格だ。
家事を担うと決めたのなら、それは美月にとって全うすべき責務なのだろう。
やっぱり強かな女、と脱帽して、
「じゃ、これまで通り家事は少し手伝う方向で。ただ、辛いときがあったら遠慮せずに言え。洗濯機の回しかた最近覚えたから百人力だろ」
「洗濯機の回しかた如きで調子に乗らないでください」
まったくもう、とため息を落とされた。
それから、美月はふふ、と唇に三日月を浮かべると、
「そうですね。辛い時は貴方に家事を手伝ってもらうのも悪くないかもしれません」
「おう。めんどいがやる」
一言余計、と美月に睨まれる。でも、事実は事実なのだ。
「まったく貴方という人は、本当にだらしないのかだらしなくないのか分からない人なんですから」
「基本小説以外はだらしない」
「小説以外にやる気をみせるべきでは?」
「訂正。小説と家族以外にやる気はない」
「都合のいい人ですね」
「呆れたフリしながら照れてるのお見通しだからな」
「ひょ、ひょんなことありませんけど」
そっぽを向いたので非常に分かりやすい。
その露骨さが、無性に愛しいと思えて。
「愛い奴だなお前は」
「あうっ。なんれすか急に」
頬をむにむにと揉めば、美月は嫌そうにしながらも手を離そうとする気はない。
されるがままの美月がさらに可愛くて、同時に胸に痛いほどの幸せを感じる。
「美月」
「はい?」
「結婚してくれてありがとな」
微笑を浮かべながら感謝を伝えれば、美月はぱちぱちと目を瞬かせる。
「なんですか藪から棒に」
「べつに。ただ少しだけ、お前といられる時間にありがたみを覚えてな」
「ふふ。それは私も同じですよ」
ぎゅっ、と美月が抱きしめてきた。そんな妻を、晴も優しく抱きしめ返す。
「私だって感謝してます。貴方と一緒にいられて、支えることができるこの日々は幸せな毎日です」
「日頃支えられてる身の俺の方が感謝してるんだがな」
「いーえ、私の方が感謝してますよ」
夫婦。くだらないところで意地を張り合う。
む、と数秒睨み合って、そしておかしくなって笑みがこぼれる。
「「――ん」」
幸せを噛みしめたいから、溢れる想いを唇に乗せて重ねる。
刹那だけの時間だけではお互いに物足りないから、たっぷりと堪能するように互いの唇を味わう。
「貴方とキスするの、好きです」
「俺も、美月とキスするの好きだ」
「今名前で呼ぶのはずるいです」
ほんのりと朱に染まる頬。照れた美月が可愛い。
「あんまり可愛いと襲いたくなるな」
「晴さんのえっち。まだ夕飯も食べてませんよ」
「お前が可愛いのが悪い。夕飯より先にお前をいただきたくなる」
「食べちゃいますか?」
「アホ。冗談だ」
そう言えば、美月が少しだけ残念そうな顔をした。本当にそんな顔をされると襲いたくなるが、ここは必死に堪える。
「お前を抱くのは文化祭が終わってから。そういう約束だろ」
「それまで我慢できすか?」
「頑張る」
「べ、べつに頑張らなくてもいいんじゃないですかね?」
「誘うな。本当に襲うぞ?」
必死に男の本能に抗っているというのに、妻は意外にも積極的に誘ってくる。
「しばらくお前を抱いてないから、する時はたぶん溜まったものが爆発すると思う」
「そ、そんなに?」
美月が若干引いている。
でも。仕方ない。
こんな可愛い妻を前に数週間も我慢しているのだから、晴だって相当〝アレ〟が溜まっているのだ。
「だから、する時は時間がある時にしたい。たくさんお前を愛せるようにな」
「そ、それは果たして愛するというんですかね。それまで我慢させたツケを払う感じみたいになりませんか?」
「それは感じ方次第だ」
「うっ……やっぱりするのは文化祭が終わってからにしましょう……というかお願いします」
顔を真っ赤にしながら懇願する美月に、晴は「よろしい」と顎を引く。
あと数日の我慢。できればそれまで一緒にお風呂も避けたいが、妻の疲れを発散させなければならないのでそれは難しそうだ。
――しんど。
胸中でため息を吐いて、晴は抱きしめる華奢な身体から腕を解いていく。
「さ、そろそろメシ食うか。腹減った」
「そうですね。私も、今日はたくさん頑張ったのでお腹ぺこぺこです」
「そういえば、今日の夕飯のメニューはなんだ?」
「チキンのトマト煮込みですよ」
「お、また美味そうなの作ったな。なら早く準備しないと」
「ふふ。本当に貴方という人は――可愛らしい人ですね」
まるで子どもみたく上機嫌になる旦那を見つめながら、美月は紫紺の瞳を揺らすのだった。
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