第229話 『 恋という青春の真っ只中にいるじゃないか 』
いよいよ今週末から文化祭が行われるということもあり、校内はさらに活気づく。
そんな廊下を、千鶴と可憐は歩いていた。
「いよいよ文化祭って感じだねぇ」
「そうだなぁ。こう活気づくと毎年思うよ……めっちゃ怠いって」
「可憐は去年もサボろうとしてたからね」
「私はイベントに参加すること事体は是だが、その運営側になるのは嫌なんだよ」
たしかに一理あるけど、と可憐の考え方に理解はしつつも千鶴は嘆息する。
「可憐はもう少し、だらけること以外にやる気をみせた方がいいんじゃない?」
「ほほぅ。私より成績が下の千鶴ちゃんがそれを言いますか」
「うぐっ……たしかに勉強じゃ可憐の方ができるけどさ、でも人生を楽しんでるかで勝負したら私のほうが勝ってると思う!」
「そんなもん友達間で勝負するもんじゃないよ」
「くぅぅ。正論過ぎて何も言い返せない! 悔しい!」
鼻で笑われながら諭されて、千鶴はギリッと奥歯を噛む。
可憐は美月と同じ論理的思考の持ち主で、一方の千鶴は直感的思考の持ち主だ。おまけに本能で動くタイプなので、先のように二人に口論で勝ったことは一度もない。特に可憐には。
「まぁ、今青春をどちらが謳歌してるか、で言えば千鶴に軍配があがるだろうね」
「なんで?」
可憐の唐突な発言に眉根を寄せれば、可憐はおっとりとした目の奥に好奇心を宿しながら告げた。
「とぼけちゃダメだよ千鶴。キミはいま、恋という青春の真っ只中にいるじゃないか」
「ぶほっ⁉」
吹いた。
ケホケホッ、と咳き込む千鶴の顔は、可憐の爆弾発言によってたちまち真っ赤に染まっていく。
「な、なに言ってるのかな可憐は」
「いやバレないとでも思ってるのか。千鶴、金城のこと好きなんでしょ」
「うびょびょびょ⁉」
「なんだその聞いたこともない悲鳴は」
顔から火が噴いたのかと思うくらい熱い。
淡々と乙女の胸裏を暴いていく可憐に、千鶴は「これは隠しても無駄」と悟ると恥じらいをみせながら頷いた。
「た、たぶん」
「なんでハッキリしてない?」
訝しむ可憐に、千鶴は指をもじもじさせながら言った。
「い、いや、本当に金城のことを好きになったのか分からなくて」
「ほほぅ。金城の前だとすっかり恋する乙女の顔になっているJKが面白いこと言ってるなぁ」
「そ、そんなに顔に出てる?」
可憐は強く頷いた。
「当たり前だけど、みっちゃんも気づいてるよ。むしろ、あれだけ好意を送られてそれに気づかない金城が鈍感なくらい」
「そ、それは喜ぶべきか、悲しむべきか」
「いや悲しみなよ。普通の男子だったら脈ありと踏んで告るレベルだよ」
「告っるて、そんなの早いに決まってるじゃん! 可憐のバカッ」
「イタッ⁉ 結構ガチで痛い⁉」
思わず全力で可憐の背中を叩いてしまった。
涙目になる可憐に「ごめんっ!」と謝りつつ、
「でも金城、どうやら好きっぽい相手がいるみたいでさ」
「へー、誰それ?」
食い気味に訊ねてきた可憐に、千鶴は深いため息を吐くと、
「神様」
「アイツ頭ぶっ飛んでんなぁ」
正確には神様みたいなイラストレーターなのだが、言葉足らずなせいで可憐がドン引きしていた。
「さすがに相手が神様じゃ勝てないよなぁ」
「いや案外勝てるかもよ。幻想ではなく現実をみせてやればいいんだし」
「あはは。可憐は面白いこと言うなぁ」
「いや何ひとつ面白いことは言ってないんだけど。金城には現実から目を逸らしちゃいけないことを教えないといけないと思うんだけど」
可憐はそうアドバイスをくれるけれど、千鶴としてはやはり勝算の薄い戦いだ。
「現実を見てないのは私のほうだよなぁ」
冬真の目には、ミケしか映っていない。
それを、あの日痛感させられた。
ミケの事を心酔するように何度も見つめていた冬真を、ミケと話す時の冬真が自分といる時以上に楽しそうな光景を、千鶴は目の当たりにした。
仲良く、それこそ本物の恋人のような笑みを交わし合う二人を見れば――果たして千鶴という横恋慕がそこに介入していいのだろうか。
「……私、どうしたらいいんだろ」
ドレスを纏い、化粧を施し、舞台袖まで上がった演者は、あと一歩というところで壇上に立つことを躊躇うのだった。
――――――――――
【あとがき】
ミケは冬真の幸せを願い迷走し、千鶴は勝機の見えない恋愛に躊躇ってます。
そして冬真くんはというと、そんな悩める女性陣の板挟みになってしまっています。
あれ?? この作品って晴と美月が主人公だよな???
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