番外編 【 破滅に誘う終末人形 】
【まえがき】
皆さんは覚えていますか? 晴が書こうとしていた新作を。
今回はなんと! その一話を公開でございます!
これ書くのに三週間くらいかかりましたが、連載しようかな? と思えるくらいの面白さがあるので是非ご拝読ください。書いててめっちゃ面白かったです。
――――――――――――――――
地球温暖化。人口増加。エネルギー資源不足――様々な問題を抱えながらも日常を営んでいた人類は、数年前突如としてその平和は崩壊した。
『緊急警報! 緊急警報! 東京都墨田区上空にて
けたたましい警報が鳴るや否や、現場にいる人たちは慌てて逃げ惑う。
地面を叩く足音と飛び交う悲鳴。それはさながら映画のようでありながら、しかしこれは現実だった。
制服を着た学生たち。スーツを来た社会人たち。子どもを連れる母親。老人たちは皆、一目散に地下にある
その悲惨な光景が流れるのも、全てはあの上空に浮かぶ
『間もなく
警報とともに、それは徐々に
青空に浮かび上がる異様な紋章。その先端からまず四つ足が。それから身体が。そして頭が見えた瞬間。それは爆弾のように一気に地上へと降下した。
瞬間。ドォォォン‼ とまるで地震のように周囲に揺れる。
投下の余波で地面は砕け散り、噴煙が上がる。
『ミラージュ出現! ミラージュ出現! まだ現場にいる住民の皆様は速やかに避難してください!』
ゆらりと、風が吹いて噴煙が流れる。
徐々に、その
それは全身が岩石のような頑強で覆われていた。鉄の塊。そう呼ぶ方が正しいかもしれない。
その図体を支える支柱のごとく四つ足の尖端には鋭利な爪が生えている。
明瞭に凶悪と呼べるそれは、しかし頭部はステンドグラスのように美しかった。
美しいが故に、やはり凶悪だった。
見る者を幻想の世界へ誘い、そしてその中で蹂躙の限りを尽くす。
何人たりとも彼らを破壊することはできず、また傷つけることもできない。何者をも寄せ付けぬ鉄壁の幻影。
それが彼ら――『ミラージュ』と呼称された異世界からの破壊者だった。
『ヴオオオオオオ‼』
轟く咆哮がガラスを揺らす。
「きゃぁぁぁぁ‼」
破壊の時間が始まろうとした瞬間。そんな大きな悲鳴が木霊した。
その音を聞きつけて、巨体が地面を叩きながら行進していく。
小柄ではない巨躯は、音を殺して接近するなどという小者のような真似はしない。
自らが強者であることを理解しているミラージュは恐れず前進し、足音ではなく壊音を発しながら存在を報せる。
ピタリ。行進の音が止まった。
「ウヴォォォ……」
ミラージュが息を吐くと同時にゆったりと前足を上げた。
その二秒後にブンッ、と空を殴る音が鳴ると、今度は轟音が世界を支配した。
たった一振り。力も大して込められていない一撃が、コンクリートの外壁を容易く粉砕した。
「「……あ、あぁ」」
立ち込める噴煙。そこから徐々に露わになったのは、逃げ遅れた親子だった。
恐怖に竦むその親子を、ミラージュが無感情で踏み潰そうとしたその瞬間――。
▼△▼△▼▼
「くっそ~⁉ なんで今日に限って朝からミラージュなんて湧いてくるんだ⁉」
空に広がる
彼の名前はムカイ・アスト。先月十七歳になったばかりの高校二年生だ。
「遅刻じゃないけど⁉ 先生からも褒められるけども⁉ でも次の期末テストで赤点だったら俺の夏休みが無くなるんですけど⁉」
誰に届くわけでもない文句を吐きながら走っていれば、
「アイツのせいで俺の夏休みが無くなる! 早く片付けて、それで学校に行かなきゃ!」
字面だけ取ると学校大好きな高校生に見るが、アストは普通に学校が嫌いだ。なんなら通いたくもないが、ただ、通っている高校には幼馴染もいるので仕方がなく行っている。
「皆の平和を守る為に、今日も張り切っていくぞ~!」
自分を鼓舞するように言って、街に降りたミラージュを目で追う。
距離はざっと三百メートルほどか。まだ、小さく見えるが、それでもこの距離で小さく見えるということは相当巨躯だ。
「はぁ。なんで俺、アイツと朝から戦わなきゃいけないんだ。クソ理不尽。やっぱり人生は運ゲーだっ」
先程のやる気はどこへやら。数秒で泣き言に変わった。
距離が近づくにつれて、ミラージュの輪郭が大きくなっていく。全長は五メートルほどか。外角がコンクリートのように硬質な造りなので、このミラージュは中型幻獣種・鉱物系だろう。
「うおっと。ここまで余波が来てる。俺あのタイプは嫌いなんだよなぁ。誰か変わって(代わって)くんないかなぁ」
さらにやる気が低下して、それが足にも影響を及ぼし始めた。初めはランニングだったが、今ではジョック(ジョグ)程度まで減速している。
「はぁぁぁ……帰ろうかな」
べつにあのミラージュを倒すのはアストでなくてもいい。そのうち時間になれば、ミラージュ撃退に特化した専門の部隊がやって来る。
そうだ。あの人に任せよう! と方向転換しようとした直後だった。
「きゃ――――――――――――――ッ⁉」
「――っ⁉」
前方から悲鳴が聞こえた。
まさか、と嫌な予感に囃し立てられながら目を凝らせば、ミラージュが破壊したビルの残骸。そこにやはり逃げ遅れた親子がいた。
「やっば⁉」
舌打ちと同時に、アストは全速力で駆ける。
ミラージュに思考能力はない。ミラージュに備われているのは破壊衝動のみであり、標的を捉えると躊躇いもなくそれを破壊する。
殺す、という動作に無駄の動きがないのは、最も厄介だ。
故に、ミラージュ退治はより迅速の対応を求められるのだが、アストはまさか建物に人が隠れているなんて知らずにスピードを減速させてしまった。
「建物に隠れても意味がないっていっつも街で警鐘で報せてるのにっ」
と口では文句を言いつつも、あの親子が建物に避難した理由も納得できた。
おそらく、子どもを抱えて地下シェルターへ避難できる余裕はなかったのだろう。
だから責めようにも責めることはできないけれど、このままでは親子の命が踏み潰される。
「丁度いいところに石ころ! おらぁ!」
今まさに二つの命が失われる刹那。アストは道端に転がっていた石ころを掴んで間もなく投げた。
この程度ではかすり傷にもならないのは知っている。目的は、ミラージュの注意を親子ではなく、アストに向けさせることだった。
「こっちだミラージュ! おまけにもう一発くれてやる!」
また一つ手に掴んで、全力でぶん投げる。
それがコツン、と可愛らしい音を立てると、ミラージュはアストの思惑通り親子を標的から外した。
「お前の相手は俺じゃあああ!」
全速力で距離を詰めるアストに、ミラージュは小者を振り払わんと前足を上げる。
そして、鈍器と同等の前足が振るわれる直前。一瞬早くアストの拳がミラージュのその前足を叩いた。
アストの拳。それはミラージュの前足だけでなく全身を容易く打ち砕く、滅びを迎えるこの世界の唯一の切り札――
「……ヴオォォォ」
「ふっ」
数秒経っても、ミラージュに変化が起こることはなかった。
シーン、とそんな音が周囲に流れる。
「ヴオオオオオオ‼」
一瞬だけアストの攻撃に身構えたミラージュも、まるで「何もないんかい⁉」とツッコミを入れるように咆哮した。
それにアストを救世主と期待していた親子でさえも、今は呆然としていた。
「危ない!」
パンチを繰り出したままのポーズで固まっているアストに、母親が悲鳴を上げた。
標的を確実にアストへと変えたミラージュが、その剛腕な前足でコケにした鉄槌を下さんとした――刹那。
空に一閃が走った。
さらに次の瞬間。粉塵を立てるほどの衝撃波と爆音が轟く。
「んだば――――⁉」
それに当然のように巻き込まれたアストは、素っ頓狂な悲鳴を上げながら地面を転がる。
立ち込める粉塵が時間をかけて風に流れていくと、動かなくなった巨躯を足場にアストを見下している美女がいた。
穢れを知らぬ白銀の髪に、瞳は海を彷彿とさせる紺碧の色。それと対を為すように身体に纏うのは、燃えるような真っ赤なドレス。
精緻された顔は、しばらく無言のまま。やがて桜色の唇を開くと、
「まったく。私が眠っているのに無理やり起こすなんて、やはり貴方はダマスターですね」
顔をしかめながら罵倒してくる美女に、アストは身体を起こすと、
「ご主人様をダマスターって言うの止めろ⁉ 第一、俺と一緒に登校しないお前が悪いんだろうが!」
「私には私の活動時間がありますので登校を強制される謂れはありません。そして、貴方が使えないダメな
使えないダメなマスター。略してダマスターである。
「ダマスター。
優雅に一礼して、銀髪の美女は有無を言わさず消えた。
後に残ったのは、呆ける親子とミラージュの死骸と、ダメスターであるアストだけ。
敵を倒して、帰る。そのあまりの簡潔ぶりに、アストは頭を抱えながら、
「あああもう! だからダマスターは止めろって言ってるだろ――シェルナ⁉」
絶叫するアストの声は、届いて欲しい
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