第227話 『 それもう同棲なのでは⁉ 』
三人は場所を変えて、落ち着いて話し合いができるカフェに移動した。
「ふぁぁぁ。私初めてサイン書いてもらったぁぁ」
「良かったね、四季さん」
ミケに書いてもらったサイン色紙を大事そうに眺める千鶴を、冬真は微笑ましげに見守っていた。
「ミケ先生の絵だぁぁ。それに傑の生イラストもらった⁉」
「普段はこういうことしないんすけどね。キミは冬真くんのお友達なので、ちょっとサービスさせてもらったっす」
「金城の友達でよかった~~っ」
心底嬉しそうな吐息をこぼす千鶴。
「一生大切にします!」とミケに頭を下げた千鶴は、そのサイン色紙をテーブルに伏せたあと息を整えた。
それまで緩み切った頬が元に戻ると、三人の間に緊張が漂い始めた。
「それで、二人はいったいどういう関係なんですか? いや、さっき金城がミケ先生のアシスタントだとは聞きましたけど、どういう経緯で?」
「まぁ、色々と偶然と偶然が重なりまして」
「そうっすね。まぁ、端的にいってしまえば、このままでは死ぬと思った私が、美月ちゃんから家政婦ポジでいい人材がいないか聞いたところ、当時既に知り合いだった冬真くんが抜擢された訳っす」
赤裸々に語ってしまうと一日くらいかかりそうなので重要な点だけをミケが伝えると、千鶴は冬真に「羨ましい」と嫉妬を込めた視線を向けて来た。
その視線から露骨に目を逸らすと嘆息が聞こえてきて、その一秒後に千鶴は話を再開させた。
「なんとなく経緯は分かりました。ちなみにその……アシスタント作業って何してるんですか?」
「んー、主に部屋の掃除っすかねぇ」
「えっ⁉」
ミケの言葉に、千鶴が目を見開く。
「部屋の掃除、ってことは、もしかして金城、ミケ先生の家に行ってるってこと⁉」
「なに当たり前のこと言ってるんすか千鶴ちゃん。部屋を掃除してもらってるんすから私の家に上がるのは当然じゃないっすか」
あっけらかんと答えたミケに、千鶴は理解が追い付かないのか眉間に手をあてながら質問を続けた。
「あ、あはは。もしかして家と仕事部屋は別パターンなやつですか?」
「? いいえ。私はそんな面倒なのごめんなんで、普通に私が暮らしているところは家兼仕事部屋っすよ」
なんとなく、千鶴が呆気取られている理由が分かってしまって冬真は苦笑を浮かべる。
「と、ということはあれですか? 二人そのー……一緒に暮らしてる、的なやつですか?」
「それは流石にないっす」
いやいや、と手を横に振るミケに、千鶴はほっと安堵の息を吐く。
が、次のミケの言葉に千鶴はまた目を剥くことになった。
「あー、でも最近は冬真くん、私の家に来る機会が多くなったような気がするっすね。学校もあるからだろうけど、ほぼ毎日来てるような……?」
「それもう同棲なのでは⁉」
「ご、誤解だよ四季さん! たしかに僕も最近ミケ先生の家に行く回数多くないか? っていう自覚はあったけど、それも全部ミケ先生のお仕事を支える為だから!」
「とか言いつつ、なんかやらしいこと考えてんじゃないのか?」
「……そんなことは、ない」
「なんで間が空いた⁉ やっぱ下心ありながら働いてるんだろ!」
「私は全然冬真くんに全裸見られても構わないっすよ?」
「事態が余計にこじれるので妙なこと言わないでくれますかミケ先生⁉」
その後数十分ほどかけて、冬真はどうにか千鶴の誤解を解く事ができた。が、その視線から以前のような優しさは消え、今は懐疑心が宿っていた。
「とりあえず、ミケ先生と金城は普通のイラストレーターとアシスタントだということは分かった」
「ご理解いただき感謝です」
ぺこりと頭を下げれば、なぜか千鶴が頬を膨らませている。
それがどこか、嫉妬しているように見えるのは、冬真の気のせいだろうか。
「でも、二人の話を聞く限りだと、金城はアシスタントというよりも友達に近い感じじゃない?」
「そ、そうかな?」
「そうでしょ。だって一緒にゲームしたり、アニメ観たり、ご飯食べたりしてるんでしょ」
字面やべぇ、と冬真も再認識させられながらも千鶴に言った。
「それはあくまでミケ先生のメンタルケアの為だから。ミケ先生にはできるだけストレス溜めて欲しくないんだよ。絵に最大限集中できるように」
「いやはや。そのおかげで私は絵を描く効率が上がったす。絵を描くのに神経使うので、ゲームとかアニメ鑑賞は丁度いい休息になるんすよ」
人は好きなことをするとストレスが発散される。なので、前述の行為は全てミケのご要望であり、決して下心などという邪な感情はない。嘘。本当は少しだけ、ミケと過ごすそういう時間を楽しんでいる自分がいる。
けれどそれはアシスタント特権なので、千鶴には黙っておく。
「キミが心配するようなことはなにもしてないっすよ」
「――――」
不意に耳朶に届いた静かな声音に、冬真と千鶴は息を飲む。
穏やかな笑み。それは何故か、儚くも見えて。
「私と冬真くんはちょこっと仲のいいイラストレーターとアシスタント。それ以上なんて、ある訳がないじゃないっすか」
「――――」
「仮に、もし千鶴ちゃんが想像するようなことがあったのなら、私は大人なんで逮捕されちゃいますから」
冬真がミケの自宅に堂々と通えるのは、雇用主と労働者としての契約が成立しているからだ。
そんな契約を冬真が悪用してミケを襲ったとしても、法で裁かれるのは未成年の冬真ではなく成人しているミケなのだ。
そこに合意があれば話は違うかもしれないが。
「私たちの関係に、絆みたいなものはあるかもしれないっす。でも、その絆はあくまでイラストレーターとアシスタントで結ばれたものだけ。それ以上を求めるつもりも、求める気もないので、だから安心してください、千鶴ちゃん」
「…………」
向けられた酷薄な笑みに、千鶴は何の反応も返せなかった。
はい、とも、うん、とも言えず、千鶴はただただ呆然とする。
ミケの言葉。それがまるでいつでも冬真を手放せるような口振りで。
――ぎゅっ、とミケの傍らで冬真は強く拳を握った。
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