第225話 『 自分が興奮する絵が描きたいだけっす 』


 午後。

 ミケと冬真は画材を買いにショッピングモールへと赴いていた。


「そういえばミケ先生って、あまりネットショッピング活用しないですよね?」


 何気なくそんな質問をすれば、ミケはこくりと頷いた。


「そうっすね。あんまりネットで買い物することはないっす」

「どうしてですか?」

「単純な理由っすよ。ネットショッピングを使うと、配達員がやって来る。その対応をしなきゃいけないのが手間だし、何より画材は実際に自分の目で見て選びたいんす」

「なるほど。たしかに、ネットで評判が良いものでも、実際に自分で使ってみたら微妙だった、なんてことたまにありますもんね」

「そうっすそうっす! だからこそ、商売道具でもある画材は自分の目で買うべきなんすよ」


 と豪語するものの、


「でもミケ先生って、仕事絵はほとんどデジタル画材ですよね?」

「まぁ、今ドキどこもデジタル絵が主流っすけどね。中にはラフまでは実物で描いて、清書と着彩はデジタルでやる人もいますけど」


 ちなみにミケはラフから清書まで全てデジタル一本でやり切る派だ。

 イラストも奥が深い、と感服としながら、冬真は質問を続ける。


「ずっと不思議だったんですけど、ミケ先生はデジタルで絵を描くのに、練習用の絵は紙で書くことが多いですよね?」


 こうして今ショッピングモールに赴いているのも、ミケのスケッチブックを買いに来たのが理由だ。


 そんな冬真の疑問に、ミケは「そうっすね」と前置きして、


「やっぱりデジタルでばっか絵を描いてると、変な癖ができちゃんすよ。なので、練習用の絵はなるべくスケッチブックで描くようにしてるんす」

「ほほぉ」

「シャーペンとデジタルペンって結構と握り方が違うんすよね。なので、デジタルの絵を描きたいなら尚更変な癖ができないようにシャーペンで定期的に書くことをおススメするっす。あ、ちなみにアナログ絵の場合、ラフや構図までは鉛筆のほうがいいっすよ。下手に紙が傷つかないし、消しゴムで修正する時に線が残らないので」

「僕、絵は見る専なんですけど……」

「興味が湧いたらでいいっすよ。推しキャラを自分で描くって、凄く楽しいことなので」


 にしし、と屈託なく笑いながら語るミケ。


 その顔を見れば彼女が心の底から絵を描くことが好きなんだと伝わってきて、聞いている冬真もなんだか笑みがこぼれてくる。


「ふふ。本当にミケ先生は絵が好きなんですね」

「まぁ、それが仕事でもありますからね。あと、もう病気なんすよ。描いてないと死ぬ病気」


 ミケの言葉に、冬真は美月が「晴さんは執筆病」だと以前言った事を思い出す。


 やはり、その道の研鑽を積み重ねてきたものはそういう病に罹る宿命なのだろうか。


 小説家なら『執筆病』で、絵師やイラストレーターなら『絵描き病』


 既にその分野が日常生活の一部になってしまっているのだと知ると、冬真はそれが羨ましくもあり大変だな、とも思った。


 でもやっぱり、ミケや晴には尊敬の念の方が強くて。


「クリエイターって本当に凄いですよね。自分の突き進めたい未知を真っ直ぐに表現できて。もちろん、そこに努力や苦悩があることはわかってますけど、それでもやっぱり、その情熱はカッコいいと思えます」

「にゃはは。情熱なんて大層なもんじゃないですよ。私はただ単に、自分が興奮する絵を描きたいだけっすもん」

「でもミケ先生が興奮する絵は、僕たちも興奮しますよ」


 彼女の描く絵は数多の人を魅了させる。


 繊細で、優雅で、荘厳で華麗で――人を絵の世界へと惹き込ませる才能を持っている。


「ミケ先生の描く絵と、ハル先生の書く物語が僕大好きです!」

「にゃはは。面と向かって言われると流石に照れるっすね」


 わずかに朱に染めた頬を、ミケはぽりぽりと掻く。


 何度も顔を見合わせて、それなりに共に時間を過ごす中で薄れつつあったが、今冬真の隣にいる女性は天賦の才を持った天才なのだ。


 それと同時に痛感する。


 ――自分が、どれほど平凡な人間なのかを。


 だからこそ、こうしてミケの為に全力を尽くしてサポートしている。家事も、料理も、資料だって。


 それでも、彼女との溝は埋まらない。否、そもそも、これは溝ではなく断崖なのだ。


 決して縮まることのない、冬真とミケの間にある――絶対の隙間。


「(僕はあと、どれくらいミケ先生の傍にいられるんだろうか)」


 漠然とした不安を抱えた、その時だった。


「――金城?」


 誰かに名前を呼ばれた気がして、そして振り返ってみれば――冬真とミケを見つめる〝四季千鶴〟が居た――。

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