第224話 『 キミの初めてをどんどんもらいっちゃいましょうかね 』


 冬真にとって、休日とは最高の日だ。


 まぁ、休日なんて誰にとっても最高の日だろう。


 撮り溜めていたアニメを消化したり、ショッピングに赴いたり、日頃の疲れやストレスを発散する為に全力で寝たり、恋人との時間を過ごしたり――そういう、趣味に没頭するのが休日。


 ならば冬真の休日は、大勢の人が満喫する休日の過ごし方とは少し異なるかもしれない。


 何故か。それは冬真が休日楽しみしている理由は――たくさん働けるからである。


「おはようございます、ミケ先生」

「ふあぁぁ。おはようっす、冬真くん」


 時刻は既に十一時を回ろうとしていた頃、自部屋から出てきたミケに冬真は爽やかな挨拶を送った。


 ミケは朝が弱い……というよりかは深夜まで作業をしているので、基本的に起きる時間が遅い。


 一方の冬真はそれなりに規則正しい生活を送っているので、今日は十時半ごろにミケ宅へと出勤して、既にアシスタント業務を始めていた。


「リビングの方、軽く掃除しておきました」

「仕事早っ。いやぁ、いつもありがとうっす」

「いえ、これが僕のお仕事なので」


 推しの傍にいられて、その上生活まで支えられるなんてヲタクからすれば至福でしかない。しかもお給料まで出る神仕様だ。


「(はぁ。今日もミケ先生可愛いなぁ)」


 寝ぐせがついた髪。だぼだぼなシャツ。大きな欠伸をかく様は端的に言ってズボラだが、盲目な冬真にはミケの一挙一動が愛らしく見える。


 朝から眼福だ、と呆けていると、そんな冬真にミケは苦笑を浮かべて、


「今日はせっかくの休日なんだから、少しくらい遅く来てもいいんすよ?」

「いえ! そういうわけにはいきません! ミケ先生のアシスタントをする以上、ミケ先生が全力で絵を描けるように環境を整えるのが僕のお仕事なので!」

「にゃはは。キミは本当に勤勉すねぇ。そういうところ好きっすよ」

「あ、ありがとうございます」


 好き、と言われるとやはり照れてしまう。


 ミケにとってはお礼や賞賛のつもりで送っているつもりなのだろうが、やはり男子としては少なくとも意識してしまうわけで。


「(いけない! 僕はミケ先生のアシスタント! 色ボケなんてせず、しっかりとミケ先生を支えないと!)」


 邪な思考を叱咤して、冬真は脇を引き締める。

 けれど、


「(あぁ。今日もミケ先生のお側にいられて幸せだなぁ)」


 憧れの人の傍にいられるという事実が、勝手に頬を緩ませてしまう。


 ミケの下で働き始めてからもう四か月が経過しようとしているが、気を緩ませると勝手に頬が垂れてしまうのだ。


 冬真がそんな風になるのも無理はなかった。


 それまでずっと、遥か遠く、それこそ雲の上にいる存在だと持っていたと人と、今はこうして一つ屋根の下で過ごせていて、挙句に寝起き姿まで拝めてしまっている。


 これもアシスタント特権なのだろうが、なんだか至福過ぎて罰が当たりそうな気がする。


 べつにちょっとくらいの不幸なら等価交換だろう、とは思いながらも、やっぱり痛いことや辛いことは嫌なので、


「ミケ先生、朝ご飯どうしますか?」


 気を引き締めるようにミケへ問いかければ、ミケは顎に手を置きながら「そうっすねぇ」と考え込む。


「トースト食べたいっす」

「分かりました。あ、そうだ。せっかくならフレンチトーストはどうですか?」

「作れるんすか⁉」


 驚くミケに、冬真は自慢げに胸を張って答えた。


「はいっ。美月先生のところでしっかり料理の勉強してますので!」

「おぉぉ、冬真くんの成長スピードにも驚くっすけど……それより美月ちゃんの料理のレパートリーの幅えげつないっすね」


 それは冬真も同感である。本当に同い年かと思うくらい、美月は料理の腕前が練達している。本当に、美月には脱帽しかない。


 美月もまた、冬真の憧れの一人だった。


「いつかは僕も、美月さんみたくたくさん料理ができるようになれるかな」


 そんな独りごちた言葉を拾ったのは、笑みを魅せるミケだった。


「心配しなくても、冬真くんそのうちできるようになるっすよ。キミなら絶対、たくさん美味しい料理を作れるようになるっす」

「……ミケ先生」


 それを疑う余地のない笑みに、不思議と不安は晴れていって。


「僕、頑張ります! ミケ先生の為にたくさん美味しい料理を作れるようになってみせます!」

「にゃはは。キミの初めてをそんなにもらっちゃっていいんすかね?」

「勿論です!」


 屹然とした目で答えれば、ミケはわずかに照れた素振りをみせる。

 それから、ミケはぽりぽりと頬を掻きながら、言った。


「ならお言葉に甘えて、これからもキミの初めてをどんどん貰っちゃいましょうかね」

「はいっ。これからも僕の初めて、ミケ先生にどんどん捧げていきます!」

「にゃはは。それは嬉しい限りっすねぇ」


力強く答えれば、ミケは嬉しそうにはにかんだ。その愛らしさにまた胸を打たれながら、冬真は愛しのイラストレーターの為に朝食の準備に取り掛かるのだった。


 ―――――――

【あとがき】

今更だけど、ミケさんの『にゃはは」って笑いかためっちゃ好こ好こ。


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