第223話 『 貴方は私をダメにする悪い人です 』
文化祭を来週に控えた週末。
今日は家でまったりすることにした美月は、午前中からリビングにて晴にくっ付いていた。
「小説書きたいんだけど」
「むぅ。そこは仕事より奥さんを癒すことを優先にすべきでは?」
「いつも癒してやってるだろ」
その通りなので何も言い返せない。なので、美月は拗ねた子どものように言った。
「今日は不要な外出はせず、家でまったりした方がいいんじゃないか、って提案したのは誰ですかねぇ?」
「俺だな」
「なら、貴方はその発言の責任者として、妻をリラックスさせる義務があると思うんです」
我ながらに横暴だなぁ、と思うものの、そんな美月の言葉に晴はため息一つだけこぼして返した。
「ま、休日はお前に付き合うって決めてるしな。妻をリラックスさせるのが義務かはさて置き、日頃頑張ってるお前を労うのは当然かもな」
「貴方は本当に甘えさせ上手ですね」
こんなにすんなりと美月のわがままを聞き入れてしまう晴に堪らず苦笑がこぼれる。
「癒せと言ったのはお前だろ」
「それはそうですけど、でももう少し我慢しろー、とか、執筆に集中させてくれー、とか不満を吐いてもいいと思いますよ」
「それでお前に不満が溜まって出て行かれる方が困る」
どうやらこれも合理的に考えた結果らしい。その結果がより美月を甘えん坊にさせているのだが。
「こうして貴方に甘えてばかりいると、いつかダメ人間になってしまいそうで怖いです」
「お前は口では息抜きしてると言いつつも、人前だと片意地張ってるからな。俺といる時くらい肩の力抜いてくれ」
ならお言葉に甘えて。
「えい」
晴の太ももに頭を乗せた。
そんな美月の行動に、晴は困惑や呆れよりも懸念をみせる。
「俺の太ももに頭を置くのは構わないが、ごつごつしてないか?」
「まぁ、ごつごつしてますが、それでもこうして貴方に甘えられるだけで満足してます」
ふーん、と生返事のあと、
「ま、俺の足が限界を迎えるまで膝を貸しといてやる」
「やった」
ふふ、と笑みをこぼせば、そんな美月を見て晴は満更でもなさそうに微笑を浮かべた。
頬に当たる硬い感触。居心地は最悪なのに、けれど何故か至福だと感じる。
午前中からこんなに甘えさせてもらえると、美月としてはそのお礼がしたくなってくるわけで。
「晴さん。今日の夕飯は何が食べたいですか?」
そんな質問に、晴はしばらく考えてから言った。
「そうだな。鍋ものが食べたい」
「いいですね。寒くなってきましたし、時期的にスーパーでもフェアをやってる頃ですね」
「買い出し、どうする? 俺一人でも行けるが……」
「何言ってるんですか。一緒に行くに決まってるでしょう」
晴一人で買い物に行かせるのが不安だからではなく、一緒にいたいから共に買い物に行く。
平日だって、晴の顔を見られる時間は限られている。同じ家に住んでいるのにだ。
なら休日は、その触れられない時間を一秒でも多く埋めないといけない。
「はぁ、私はいつからこんなに貴方を大好きになってしまったんでしょうか」
以前は不愛想で淡泊で執筆以外何考えているか分からない人だったのに、今は晴の全てが愛しく思えてしまう。
それも愛情を注がれて、たっぷり甘やかされた結果なのだろうが、それでも重症である。
けれど、もしかしたら、これが本来の自分なのかもしれない。
甘えたがりで、寂しがり屋で――愛する人に尽くしたい。
そんなワガママな自分。
「貴方は私をダメ人間にする悪い人です」
「俺は俺なりに愛情を示してるだけなんだけどな」
ぎゅっ、と抱きしめて呟けば、そんな美月の頭を晴は撫でながら嘆息を吐く。
晴なりの愛情。それが美月の心をいつも満たして、溢れさせるから。
「この溢れた分は、きっちりお返しするので期待しててくださいね」
「ふっ。分かった。美味いメシを期待してる」
愛しさを宿す紫紺の瞳は、微笑する最愛の旦那を映したのだった。
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