第220話 『 童貞卒業したんすか⁉ 』

 

 という訳で、こちらにもイメチェンした姿をみてもらおう。


「ととと冬真くん⁉」

「あ、あはは」


 目が飛び出たようなリアクションをするミケに、冬真は困った風に頬を掻く。


「なな何があったんすか⁉」


 ガラリとイメージが変わった冬真を凝視しながら訪ねるミケに、苦笑を浮かべながら答えた。


「ちょっと僕もオシャレしてみようかなー、と思いまして」

「だとしても急展開過ぎないっすか。そんなフラグ一度も立ててなかったじゃないっすか」

「フラグって……まぁ、ミケ先生の言いたいことに納得はできますけど」


 そりゃ昨日の今日で陰キャから陽キャの容姿に変わったら誰だって驚くし何かあるのでは、と勘繰るだろう。そういう意味では、ミケの疑問にも理解できる。


 心境の変化、というものはいつ起こるか分からないものだ、と改めて思い知らせられながら冬真は言った。


「少しだけ、僕も前を向いて歩いてみたくなったんです」

「思考が陽キャや⁉」


 自分を鼓舞するように言えば、そんな冬真にミケは感嘆としたような息を吐く。


 相貌が変わったからといって、それで性格がすぐに変わる訳ではない。けれど、何故か今は体中に自信が湧いている……気がする。


 そんな冬真を、ミケは真剣な顔をして見つめていた。


「ザ・真面目くんみたいな冬真くんが一日見ない間にクラスにいたチャラ男みたいになってしまった……」


 そして、何か閃いたかのように、


「ハッ⁉ まさか冬真くん、童貞卒業したんすか⁉」

「いやしてませんから⁉ 僕まだバリバリ童貞ですから⁉」

「じゃあなんでこんなイケメンになってるんすか⁉ 絶対カノジョできたでしょ⁉」

「できてませんよ」

「カノジョがいないのにイメチェンだと⁉ ……なら夜のお店に……ハッ⁉ まさか出会ってすぐの女の子と合体を⁉」

「なんでちょっと見た目が変わっただけで童貞卒業したことになるんですか⁉ 普通にオシャレしてみたくなったからですよ⁉」

「思考が陽キャだ⁉」


 とミケは終始驚き続ける。


 やはりイメチェンは今日限りにしよう、と肩を落としていると――突然ミケがぐっと顔を近づけてきた。


「な、なんですか、ミケ先生」


 顔が近くて、思わず頬が赤くなってしまう。近い。

 そんな冬真に、ミケはじーっと見つめながら言った。


「いや、せっかくなのでイメチェンした冬真くんを近くで拝もうと」

「そ、それにしても近くないですか?」


 二人の距離は三十センチもない。ミケの吐息が頬に当たる。それに、上目遣いで見てくるから心拍数も上がってきた。


「やっぱり、冬真くん肌綺麗っすねー。顔立ちも整ってるし」

「そ、そうでしょうか?」

「そうっす。私より綺麗くね?」


 ちょっと嫉妬された。


「そんなことないですって。ミケ先生だって十分肌つやつやしてます」

「最近知ったんすけど、女って年齢を重ねていくと肌のケアが大事になってくるすんよ」


 酒飲んだ次の朝ヤバかった、と若干ミケが落ち込む。


「いいなぁ。冬真くんの肌。……ちょっと触らせてもらってもいいすか?」

「え、ええと……」

「ダメっすか?」


 それはズルい。

 可愛いおねだりに抵抗できる男なんていない。


「……ちょっとだけなら」

「あざっす」


 承諾を得たミケが、鼻歌を刻みながら頬を触ってくる。


「おおぉ、これが男子高校生の肌感か……やべ。ちょっと興奮してきたっす」

「興奮しないでくれませんかね⁉」


 失敬、とカラカラと笑いながらミケは続けていく。

 なんだか、不思議な気分だ。


 尊敬する人に身体の一部を触られている感覚に浸りながら、冬真はそう耽る。


 触れてくる指の擽ったさに体が震えて、頬に当たる温かい吐息に心臓が跳ね上がる。好奇心に駆られる黒瞳と目が合ってしまって、気まずくなって視線を下げれば柔らかそうな唇と、襟の隙間から下着が見えてしまった。


 慌てて視線を元に戻せば――冬真の肌を堪能しているミケが微笑んでいて。


「そうだ。言い忘れたっす」


 すでに真っ赤な顔は、次の一言で火を噴く。


「イメチェンした冬真くん。すごくカッコいいっすよ」

「――ぁ」


 黒猫の無自覚な誉め言葉は、それまでの緊張と高揚に抗っていた防波堤を容易く破壊して――


「あば、あばば~~~~~~っ」

「ちょっと冬真くん⁉ なんで急に倒れたんすか⁉」


 ついに茹蛸が出来上がってしまったのだった。

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