第218話 『 眼鏡なしの金城、カッコいいじゃん 』


「はぁ。大変な目にあった」

「あはは。お疲れさま」


 あれから時が立って、冬真はジャージ姿に着替えた千鶴の隣に座っていた。


「はいこれ、良かったら飲んで」

「いいの?」


 千鶴の前に紙パックのりんごジュースを置けば、彼女はきょとんとした顔で問いかけてくる。


「うん。僕も丁度喉乾いてたし、四季さん疲れてるみたいだから」


 休憩は大事でしょ、と微笑みを向ければ、千鶴からは「そうだね」と小さく笑った。

「それじゃ、ありがたく飲ませてもらいます」

「うん」


 こくりと頷けば、千鶴はストロー刺してりんごジュースを飲んだ。

 冬真も同じように、オレンジジュースを飲んでいく。


「「ぷはぁ」」 


 お互いがそんな吐息をこぼせば、準備の疲労と緊張がどっと抜けた気がした。


 またストローに口をつければ、そんな冬真を千鶴は双眸を細めながら眺めていた。


「やっぱり金城はいいやつだな」

「まぁ、姉さんに「女は誰でも丁重に扱え」って口五月蠅く言われてるからね」

「あはは。じゃあ、金城のその気遣いの良さはお姉さんのおかげだ」

「素直に喜べないのが癪だけどね」


 誰でも丁重に扱え、とは当然そこに姉も含まれる。おかげで冬真の家族でのカーストは下から二番目だ。ちなみに、最下位は父である。


「ねね、金城のお姉さんてどんな人なの?」

「えぇ、気になるの?」


 こくりと頷く千鶴。

 どう説明したもんか、と頬をかきながら冬真は姉について語った。


「僕の姉は……そうだね、僕とは正反対の性格だよ。運動神経がよくて、勉強もできる。加えて明るい人。そして何より、家族カースト最上位で最下層の僕と父さんを尻に敷く人だよ」

「金城は息を吐くように暗い話が出てくるなぁ」


 はは、と暗い笑みを落としながら言えば、千鶴はどう返せばいいのか困惑していた。


 いけない、と咳払いしつつ、


「わ、悪い人ではないんだよ。ただちょっと人使いというか家族使いが荒い人で」

「ま、まぁ、姉弟に姉がいる男って大抵そんな扱いだよね」

「でもでも! たまにプリンとか買ってきてくれるから!」

「プリンで機嫌が直る方もどうかと思うけど」


 正論過ぎて反論できない。


 だから姉によく「ちょろ」と笑われるのか、と十数年越しに気付けば、途端に自分の性格に嫌悪感が募ってしまって。


「この性格が恨めしい」

 ガクン、と肩を落とせば、そんな冬真に千鶴は「でも」と微笑みながら言った。

「私は好きだよ、その金城の性格」

「――ぇ」


 千鶴の言葉に目を見開けば、彼女は冬真を見つめながら続けた。


「優しくて気が利いて、ちょっと頼りないと思うところもあるけど、一緒にいると安心できる」


 なんでいま、自分は千鶴に褒められているのだろうか。

 そんな逡巡をしながら、意識は千鶴の言葉に注がれて。


「一緒にラノベを探しに行った時もさ、意外と話が弾んだじゃん」

「それは、四季さんが僕のキモいヲタク語りに付き合ってくれてただけじゃないの?」

「まぁ、正直あれはキモいと思った」


 やっぱり⁉ と愕然とする冬真を見て、千鶴は可笑しそうにけらけらと笑う。

 はぁ、と目尻に浮かんだ涙を振り払って、千鶴は「でも」と続けた。


「金城があんなに熱く語ってくれたから、私は小説って意外と面白いことを知ったし、ラノベを好きになったんだと思うよ」

「――っ」


 自分の好きなものを好きになってくれた、それだけで嬉しかった。けれど、千鶴はそれ以上に嬉しい言葉を、冬真にくれた。


「私、金城と共通点ができてよかった」

「ほ、本当に?」

「むぅ、なんでそこで疑うんだよ」


 不服そうな顔をする千鶴に、冬真は未だに信じられないと首を横に振る。


「僕、陰湿陰キャ眼鏡野郎なんだよ。そんな僕と共通点ができて嬉しいって言われるのが、正直本当なのか分からなくて」

「は、本当に決まってるじゃん」


 自分自身を卑下すれば、千鶴はあっさりと一蹴した。

 千鶴の顔にわずかに憤りが見えて、冬真は息を飲む。


「てか金城、自分をそんな風に過小評価してるみたいだけど、実際そうでもないよね」

「いやいや、事実だから!」

「嘘つけ。散々自分には友達がいないー、とか言ってるけど、みっちゃんと友達の時点で相当運良いだろ。みっちゃん、男子が苦手なの知ってるだろ」

「そ、それは美月さんとは偶然関係ができてしまったからで……」


 いつかの日、勇気を振り絞って美月に声を掛けた結果、今はなぜか友達で料理の師匠と弟子という関係になってしまった。


 冬真にとっては偶然というか勇気を振り絞った結果だった。けれど、客観的にみればそれは幸運以外の何もなくて。


「どんな理由であれ、みっちゃんの友達になれた時点で金城はめちゃくちゃ運がいいっ」

「そ、そんなに?」

「当たり前じゃんっ。みっちゃんは世界一可愛いんだから!」


 親友大好きな千鶴がそう豪語する。


 可憐も「みっちゃんとは死んでも友達。ずっ友や」と強く言い切るくらいなので、彼女たちがどれほど美月を大切にしているのかも、また美月に大切にされているのかは、言葉なくとも理解できた。


「みっちゃんと友達の時点で陰キャではない。いや、物静かという点では陰キャなのかな? でも金城、アニメとかラノベの話する時はめっちゃ明るくなるからなぁ……」

「それはヲタクの性というもので、真剣に考えるのやめてもらっていいですか⁉」


 好きなものを語る時、人は誰だってテンションが二割ほど上がるものだ。ヲタクはその十倍。


 ただそれを言葉にされると恥ずかしいので、なるべくそこに関しては触れないで欲しかった。


 顔を真っ赤にする冬真。そんな冬真を見て、千鶴はにしし、と悪戯な笑みを浮かべた。


「その眼鏡も外せば、金城普通にイケメンだと思うよ」

「そんなわけないでしょ」


 全力で否定すれば、千鶴は「あっそ」と素っ気なく返す。

 はぁ、と疲れたように吐息した瞬間、突然目の前に腕が伸びてきた。


「なな何してるの四季さんっ」

「何って、眼鏡外した金城の顔見ようと思って」

「なんで⁉」


 訳が分からないと困惑すれば、千鶴は意地悪な笑みを浮かべたまま言った。


「金城がイケメンかそうじゃないか確かめる」

「その必要ないから⁉」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

「精神がすり減ります!」

「我慢しろ」

「――あっ」


 えいっ、と冬真の抵抗を無視して千鶴が眼鏡を取った。

 眼鏡を取られて狼狽する冬真に、千鶴は「やっぱり」と口角を上げると、


「金城、普通にイケメンじゃん」

「全然そんなことないから!」

「いーや。そんなことある」


 顔を真っ赤にしながら必死に否定するも、それに千鶴は首を横に振る。


「うぅ、なんで僕がこんな目に……」

「金城だってさっき、私のウェイトレス姿を散々可愛いって言ってたじゃん」


 あれは千鶴を勇気づける為で、他意はない。

 そして、それは千鶴も同じで。


「だから私が言ってあげるよ。金城、イケメンだね」

「あ、あぁ……」


 これはさっきの仕返しなのだと気付けば、小悪魔めいた笑みを浮かべる千鶴に逆らえなくて。


「明日試しにコンタクト付けて登校してみれば? てかそうしようよ」

「ぜ、絶対皆に何か言われる⁉」

「いいじゃん。イメチェンしてみたんだ~、って言えば」


 カラカラと愉快げに喉を鳴らす千鶴。それから、彼女は白い歯を魅せると、


「眼鏡なしの金城、カッコいいじゃん」


 と可憐な笑みを魅せながら冬真にエールを送ってくれたのだった。


「も、もうやめれぇぇぇぇぇ」

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