第217話 『 詩音くらい可愛いよ! 』
「何も聞かないで、みっちゃん」
消え入りそうな声音はやはり千鶴のものだった。
「どうやらこの恰好が恥ずかしくて前に出れないみたいだ」
「それでなんで接客にしたの?」
頬を引きつらせれば、顔を隠したまま千鶴が泣き叫んだ。
「私だって可憐と同じ調理が良かったよ! でも! 明日香に「え~、千鶴は可愛いから接客! てかアンタ料理できないでしょ」って言われちゃったんだもん!」
「まぁ、千鶴料理苦手だからねぇ」
「砂糖と塩間違えるしな」
「……そうなんだ」
冬真が唖然としていた。
冬真からすれば新情報なのだろうが、既に何度か家庭科の調理実習で同じ班になったことがある美月と可憐からすれば既知であり接客に配置されるのも納得だった。
「最悪だぁ~。文化祭休みたい」
「そんなに嫌なんだ?」
ひょこっ、とようやく顔だけ覗かせる千鶴がこくりと頷いた。
「単純にこの恰好が恥ずかしくて死にそうになる」
「皆同じ格好してるからそんな恥ずかしくないと思うけど」
「羞恥心は人に寄りけりだよみっちゃん。それに、みっちゃんは喫茶店でバイトしてるからこの恰好にも接客にも慣れてるでしょ」
それを言われては元も子もない。
たしかに千鶴の言う通り、このウェイトレスの恰好も恥ずかしさよりも新鮮さが勝っているし、男子にジロジロ見らているがその視線は慣れているので今更だ。
こういうのはラブコメに出てくるヒロインとかなら恥じらうのがテンプレだよなぁ、と思えば、途端に千鶴がメインヒロインに見えてきて。
「千鶴はいいなぁ。恥じらいがあって」
「あれ、私いま羨ましがられてる? それとも貶されてる?」
「羨ましがってるんだよ。私はとっくにその一線は越えちゃってるから」
「なんで含みのある言い方するのさ美月さん。それだと変な方向に捉えちゃうよ?」
「そういう思考をする人の方が変な人でーす」
まったく男子高校生はこれだから、と己の失言を棚に上げる美月。
そんな美月に困り果てた風に嘆息を吐く冬真を無視して、美月は顔だけを覗かせる千鶴に言った。
「とりあえず冬真くんに感想もらえば?」
「なんで⁉」
「だって、試着の時は女子だけだったから平気だったんでしょ?」
「……うぐ」
どうやら図星らしい。
異性から見られることに抵抗があるなら、要は早々にその視線に慣れてしまえばいいのだ。
「というわけで冬真くんに見せようよ」
「や、やだっ」
「そんな恥ずかしがることないでしょ。相手は冬真くんだよ」
「美月さん。キミはなんでさらりと傷つくようなことを言うのかな。まるで僕が男じゃないみたいな言い方じゃないか」
「他意はないよ」
冬真が訴えるような視線を送ってくるもそれを無視して続けた。
「単純にこのクラスで千鶴と仲のいい異性が冬真くんだからだよ」
「そんなことないんじゃないかな? 四季さん、僕より仲良い男子ならたくさんいるでしょ」
「人を尻軽みたいに言うな⁉ たぶん、見せたら揶揄われると思う……」
もぐらみたく頭を引っ込める千鶴。
困った風に嘆息すると、冬真が顔を近づけて小声で呟いた。
「そんなに似合わなかったの?」
「ううん。私も一瞬しか見れなかったけど、ちゃんと似合ってたよ」
千鶴も男子の中では人気がある方だ。それは性格が明るく話が弾むから、という理由だけではない。千鶴もしっかり顔立ちは整っているのだ。日頃の振る舞いのせいでボーイッシュな感じに捉えられてしまうが、しっかりと化粧を施せば千鶴は〝可愛い〟女の子なのだ。
ただ問題なのは、やはり本人が〝可愛い〟系に苦手意識が強いからで。
「うじうじ言っても仕方ないだろ。ほい」
「ちょっと可憐⁉」
これまで隠れ蓑されていたことに我慢の限界を迎えたのか、唐突に可憐が身体をスライドさせた。
あまりに唐突だったので千鶴は為す術なく、そのままウェイトレス姿の千鶴が露になる。
「なんだ。やっぱり可愛いじゃん」
「うん。とっても似合ってると思うよ!」
「みみみ見ないで⁉」
「……なら顔じゃなくて全身を隠せよ」
羞恥心で真っ赤に染まった顔を隠す千鶴に、可憐は呆れながらツッコむ。
「……顔だけ隠させて、それで衣装の感想をお願い」
消え入りそうな声で懇願する千鶴に、美月と可憐は目を合わせると嘆息した。
「さっきも言ったけど、ちゃんと似合ってるよ」
「本当に?」
「うん。千鶴が一番似合ってる」
「それはない。みっちゃんが一番似合ってるから」
ありがとう、と称賛を受け止めれば、可憐が「私も」と美月に続いた。
「みっちゃんに異論ないぞ。千鶴、スタイル良いからやっぱそういうのも合うね」
「あ、なら今度皆で洋服買いに行こうよ。千鶴、いつも遊びに行く時パンツだから、たまにはスカート着て欲しいなぁ」
「おっけ~」
「私は絶対みっちゃんの着せ替え人形にならないからね⁉」
失礼なことを言う、と不服気な顔をするも、意外と正論なので反論できなかった。
美月は自分を含めてだが、晴や友達でコーディネートするのが好きなのだ。可愛い洋服を見るとテンションが上がるし、つい衝動買いしてしまうこともある。
そんな美月の趣向は一旦置いておいて、ようやく本題の男子に感想をもらう番が回って来た。
「では冬真くん。千鶴に一言感想をお願いします」
と催促すれば、冬真は複雑な表情を浮かべながらぽりぽりと頬を掻く。
「ええと、すごく似合ってると思います」
「それだけ?」
他に言うことがあるでしょ? と圧を込めた視線を向ければ、冬真が滝のような汗を額から流す。
べつに脅しではないが、弱気になっている女子を励ますのが男の務めだと美月は思っているので冬真にはそれなりに期待を掛けている。
そんな美月のプレッシャーに生唾を飲み込んだ冬真は、やがて覚悟を決めたのか照れくさそうに頬を掻きながら千鶴に言った。
「……その、はい。四季さん……似合ってますし、か、可愛いと思います。……はい」
「そ、そう?」
ちらっ、とそれまで掌で隠していた顔が、冬真の〝可愛い〟の一言でわずかではあるが開いた。
そして、まだ不安そうに瞳を潤ませる千鶴に、冬真はこくりと頷いて。
「うん。可愛いです」
「へへ。そうかな。へへ、そうなんだ」
千鶴が照れたようにはにかんだ。
「本当に可愛い? 似合ってる?」
「うん。めっちゃ似合ってます。ビネキミとの詩音がメイド服着たくらい可愛いです」
その例えはどうかと頬を引きつらせたが、千鶴はその言葉にさらに笑みを深めていた。
「そ、そっか。詩音くらい可愛いんだ」
「え⁉ それでいいの⁉」
なんだこのちょろインは。
千鶴は今までラノベのメインヒロインに例えられて喜ぶ女だったろうか。そんなことはないと首を横に振れば、友人の変化にもう一人嘆いている友達がいて。
「あぁ。千鶴がどんどんヲタクになっていく」
「あ、あはは。まぁ、千鶴が好きならいいんじゃないかな」
苦笑を浮かべる可憐と美月の前で、
「なんかちょっと勇気出てきたかも、ありがとう金城」
「ふふ。どういたしまして。四季さん」
「あ、でもやっぱまだ緊張するかも。大丈夫かな当日」
「四季さんなら大丈夫だよ。そんなに可愛いんだから」
「何度も可愛いって言うな⁉」
友達同士の慣れ合いと見せかけて、甘い空気を漂わせる千鶴と冬真。
そんな二人の光景はまるで、
「なんか、付き合いたてのカップルみたいだね……うおっ、どうしたのみっちゃん?」
「ごめんなさいミケさんごめんなさいミケさんごめんなさいミケさんごめんなさいミケさん」
ビンビンに立っていくフラグの気配を感じて、美月は何度もミケに謝罪をするのだった。
――――――――
【あとがき】
ビネキミとは【微熱に浮かされるキミと】との略称です。まだこの先のお話で言及がありますが、なんか出て来たので一旦この話で補足しときます。
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