第216話 『 ミケ先生の為なら従僕でも奴隷でもいいから 』


「喜べ男子どもー! JKのウェイトレス姿だぞー!」


 予定の時間より大幅に過ぎた女子たち衣装合わせも終わると、そんな掛け声とともに教室の扉が開かれた。


 時計の針が半周ほど過ぎるまで出禁をくらっていた男子たちは、ようやくかとぞろぞろと中に入って来る。


「どうよ男子ども、何か感想は?」

「「皆可愛いです!」」

「ぬははっ、そうだろう!」


 美月たちのクラスのウェイトレスを手配してくれた女の子が、苦労が報われたように豪快に笑う。


「しかと目に焼き付けておきなよ~。またすぐに着替えて、あとは当日しか着ないんだから」

「なら写真撮ってもいい?」

「一枚五百円なら」

「たけぇっ⁉ しかも金取るのかよ⁉」

「うちはお触り厳禁。写真撮影も基本NGでーす。チップくれるなら話は別だけど」


 賄賂じゃんっ、と男子たちは不満の声を上げる。

 が、


「まぁ、それでウェイトレス姿の瀬戸さんの写真が手に入るなら五百円くらいなら……」

「あ、言い忘れてたけど、美月ちゃんのは一枚五千円だから」

「価格設定バグってるだろ⁉ なんで瀬戸さんだけプレミア価格付いてるんだよ⁉」

「そんなのこのクラスの華だからに決まってるだろ! 女子満場一致で美月ちゃんが一番可愛いって太鼓判押してるんだから!」

「あはは。べつに皆と遜色ないと思うんだけどなぁ」


 苦笑の笑みを浮かべるも、それすらも男子たちの心に突き刺さるらしい。ウェイトレスの恰好をしているのも相まってか、クリティカルヒットで男子の殆どが胸を抑えていた。


 それほどか、と正直ドン引きしている最中で、美月は一人平常心を保っている男子を見つけた。


「流石に見慣れてるだけあって冬真くんは平気そうだね」

「その恰好は初めて見るけどね。でも、男子の皆がドキッとするのも分かるよ」


 と言いつつも表情に変化がないので、やはり彼は美月のことなど眼中にないらしい。


 それが妙に悔しいような腹が立った気がするので、美月は少し揶揄ってみた。


「私のこの恰好はどうですか、ご主人様?」

「それ、やるなら僕なんかよりハル先生にした方がいいんじゃない?」

「あの人の前でこんな恥ずかしい真似できるわけないでしょっ」


 晴にこんな真似をしたら、おそらく美月は恥ずかしさのあまり死ねる。やって、とお願いされたら一回考えるのはここだけの話で。


「やっぱ冬真くんがこういう姿見て喜ぶのってミケさんくらいか」

「いやいやそれは違うよ」


 意外な答えに丸くするも、次の瞬間冬真は真顔で告げた。


「もしミケ先生がメイド服を着た場合、僕はきっと見た瞬間に天国に逝けるね」

「……そんな大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃないよ! だってあのミケ先生だよ⁉ そんなの、可愛いが天元突破して女神もしくは大天使じゃないか!」


 たかがメイド服というのにロマンが溢れて止まらない男子生徒……もといアシスタントだ。


 これで恋愛感情はありません、というのだから本当に不思議である。


「もうミケさんのアシスタントじゃなくて従僕でもよさそうだね、冬真くんは」

「え、全然構わないけど?」

「冗談で言ったつもりなんだけど……そう真顔で返されると反応に困るなぁ」

「僕、ミケ先生の為ならアシスタントでも従僕でも奴隷でもいいから」

「ホントなんなの⁉ なんでそんな忠誠心の塊なのキミは⁉」


 ミケが無償で働いて欲しい、と言っても喜んで頷きそうな冬真だった。


 ある意味でこれも一つの〝愛〟なのではないか、と冬真のミケに対する忠誠心の硬さに脱帽しながら美月は呟く。


「ミケさんは幸せ者だなぁ」

「? 何か言った、美月さん?」

「なんでもないよ。キミは従順なペットだなぁ、と思っただけ」

「えっ、なんでいきなり貶されてるの僕⁉」

「冬真くん、お手」

「わんっ……じゃないよ!」


 どうやら冬真は女性の言う事なら基本なんでも聞くらしい。


 特にミケの言う事は絶対なんだなぁ、と遠い眼差しで冬真を見つめれば、そんな美月の胸裏など知らない無垢な少年は終始困惑していた。


 談笑が絶え間なく交わされている教室で、雑談を続けている美月と冬真の前に可憐がひょっこりと現れた。


「お二人さん、お二人さん。誰かお忘れじゃありやせんか?」


 可憐の言葉に、美月は「あー」と吐息をもらす。


「そういえば千鶴がいないね」

「本当だ」


 雑談を中断してきょろきょろと周囲を見渡せば、派手ではないが目立つ髪色をしている千鶴の姿が見当たらない。


「どこに行ったか知ってる?」

「もち。ここにいるぞ」


 どこに? と冬真と揃って眉根を寄せれば、可憐が己の背中に親指を指した。

 促されるように可憐の背中を覗いてみれば、そこに見覚えのある髪色が隠れていて。


「何してるの、千鶴?」

「何も聞かないで、みっちゃん」


 呆れたように問いかければ、真っ赤になった顔は今にも泣きそうになっていた。

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