第214話 『 冬真くんみたいな人がタイプっすね 』
「冬真くん。ちょっとこういうポーズ取ってもらっていいすか?」
アシスタントである冬真は、ミケからよくそんな依頼をされる。
イラストにおいて構図というものは重要であり、同時にイラストレーターや絵師が最も重視している点でもある。構図に違和感があると絵が不格好になってしまうので、当然、完成した時の出来栄えも悪くなるのだそう。
ミケの絵は何よりも〝臨場感〟を大切にしているからこそ、実物の人間を使っての資料を欲している。
そして当然、彼女の絵の一ファンである冬真がその依頼を断るはずもなく、
「いいですよ」
快く承諾した。
「助かるっす。それじゃあ、こういうポーズ取ってください」
まずはミケが手本としてポーズを取ってみせた。
「こんな感じで、教室の隅で外の景色を眺めてるようなポーズ取って欲しいっす」
「分かりました」
ミケの言葉を反芻しながら、冬真は風景や場面を想像してみる。
「こんな感じでしょうか?」
「もう少しアンニュイな感じでお願いするっす」
「ど、どうでしょうか?」
いいっすね、とミケが舌を舐めずさりながらスマホのシャッターを押す。
「(うう。何度も資料でポーズは撮ってるけど、やっぱり慣れないなぁ)」
ミケに撮られる度に、心臓はドキドキと音を鳴らす。
そもそもカメラ自体が苦手なのに、自分の取ったポーズがミケのイラストに使われる上に大勢の目に留まるのだ。感慨深さもあるが、やはり羞恥心の方が勝る。
そんなことを胸中で思いながらシャッター音を聞いていれば、
「やっぱ冬真くんは素材がいいっすねぇ」
「そ、そうですかね?」
「そうっすよ。肌も白いし筋肉質でもない。顔もどっちかといえば女の子みたいっす」
「それ褒めてますか⁉」
遠回しに男らしくないと言われてる気がして冬真は虚しくなる。
肩を落とす冬真に、ミケはけらけらと笑いながら言った。
「ちゃんと褒めてるっすよ。私はガッチリとした男性は好みじゃないので」
「ど、どうしてですか?」
思わず気になって促せば、ミケは一度写真を撮るのを中断して答えた。
「ただ単純にマッチョの人が怖いだけだと思うっす。あと正直、サロンで肌を焼いてる系男子は生理的に無理っすね。陰キャはそんなことしない。陽キャは好きじゃないんすよ」
私陰キャなので、と自嘲しながらミケは続ける。
「なので、私はザ・男性という人よりも、冬真くんみたいな人がタイプっすね」
「そ、そうなんですね」
「およ? どうしたんすか冬真くん。そんな顔を赤くして?」
「な、なんでもありません。……ただ、今はその、ちょっと顔を見ないでもらっていいですか」
戸惑うミケにそう言いながら、冬真は顔を隠す。
顔が熱くなっている、と指摘されたが、それは自覚していた。というより、顔が熱くならない方が無理だった。
「(タイプって言った⁉ 今ミケさん、僕みたいなのがタイプって言ったよね⁉)」
心臓がバクバクと鳴り止まない。
先の発言に他意がないのは付き合いで分かる。が、脳の整理が追いつかなかった。
「(タイプってなんだっけ⁉ ほのおとかこおりとか……それはバケモンだよ⁉ タイプって……つまり好みでいいんだよね⁉)」
ミケがゲームの話をしていないなら、冬真の解釈で間違いはないはずだ。
ならば俄然、胸は高揚して。
「みみミケ先生!」
「うわびっくりした。なんすか急に大声出して?」
「ちょっとトイレに行ってきてもよろしいでしょうか⁉」
「ど、どうぞ。全然行ってくれて構わないっすよ」
「失礼します!」
勢いよく立ち上がるや否や、冬真は顔を隠しながらトイレに向かう。
今は、感情が入り乱れているせいでまともにミケの顔が見れない。
逃げるように小走りでトイレに向かって冬真を、ミケは呆気取られながら見つめていて、
「冬真くん、そんなにお腹痛かったんすかね?」
恋愛に鈍感な黒猫は、無意識に冬真の男心を弄ぶのだった。
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