第213話 『 優しくしてくれるなら、いつでもスッキリさせてあげますよ 』
「なぁ、美月」
「なんですか?」
就寝前。不意に名前を呼ばれれば、美月は目をぱちぱちとさせた。
「どっか行きたいとことかあるか?」
「なんですか急に」
眉根を寄せれば、晴は「ほら」と継いで、
「最近、お前ずっと忙しかったろ。先週は出掛けるよりも家で休むこと優先にしたし」
「……そうですね」
毎週、子どものように晴を外に連れ出そうとしている美月。そんな美月が珍しく家でくつろぐことを優先したことに、晴はどうやら驚いているらしい。
心配させたことに少しだけ罪悪感が募る。けれど、
「だから、文化祭が終わって落ち着いたら、お前の行きたい所にでも行くかなと思ってな」
「――っ」
晴の言葉が、そんな罪悪感をすぐに払拭させた。
本当に、この人は。
ぶっきらぼうなくせに、優しい人だ。
「どこでもいいんですか?」
「そう言ってる」
「温泉でも?」
「それは予定立ててるから別のところにしてくれ。いや、お前がどうしてもっていうなら行くが」
どうやら美月のお願いなら、旦那さんはどんなことでも聞いてくれるらしい。
そんな旦那この世にどれくらいいるだろうか、そんなことを考えながら、美月は込み上がる愛しさを手に乗せて晴の頬に添えた。
「貴方はどれだけ妻を甘えさせれば気が済むんですか?」
「今までまともに恋愛したことないからそういうのよく分かんないんだよな。これっておかしいのか?」
「はい。とてもおかしいです」
「ならやめるか」
「やめちゃうんですか?」
「お前が続けて欲しいなら続けるけど」
「続けて欲しいです。ずっと」
了解、とこれにも頷く晴。
本当におかしな人だ。けれど、それと同時に愛しさが溢れてしまう。
「貴方みたいな愛情をたくさん注いでくれる人、世の中に滅多にいませんよ」
「そうなのか」
驚く晴に、美月はそうです、と強く頷いた。
「妻のお願いをなんでも聞いて、ちょこっとですけど家事も手伝ってくれる。洋服選びに乗り気なのも貴方くらいですよ」
「女性服は小説の参考になるしな。お前のおかげでレディース売り場にも堂々と入れるし」
「その調子で自分の洋服にも興味を示して欲しいんですけどねぇ」
「お前の着せ替え人形ごっこには付き合ってるだろ」
「それもそうですね」
ふふ、と微笑をこぼす。
それから小さく息を吐くと、改めて晴とデートしたい所を思案してみる。
温泉旅行は絶賛計画中。日帰りならいいかもしれないが、やはりどうせなら存分に旅行気分を味わいたいのでここは我慢だ。
水族館やショッピングモールにはそれなりに行っているので、候補としては低い。
なら他には――
「あっ。それなら、文化祭が終わって落ち着いたら――遊園地に行きたいです」
「遊園地か?」
はい、と頷く。
「思い返してみれば、私、遊園地には一回も行ったことないんですよ」
「奇遇だな。俺もだ」
「ふふ。それなら決まりですね」
なら、行先は文句なしだろう。
「よし分かった。それじゃ、文化祭が終わったら遊園地に行くか」
「やった」
不服なく受け入れた晴に、美月は小さくガッツポーズ。
「遊園地に行くと決まれば、文化祭、頑張らないとですね」
「あんまり気張るなよ。それで倒れたら元の子もないからな」
「大丈夫。休日はゆっくり休んで、疲れた平日には貴方にたっぷり甘えますから」
「それで回復するなら俺は結構だが……なるべく過度な愛情摂取は避けてくれ」
「どうしてですか?」
はて、と小首を傾げれば、晴は美月の頬に手を添えながら言った。
「俺だって男だからな。あんまりべったりくっ付かれると魔が差して襲いたくなってしまう」
「……エッチ」
「男は皆エロい」
「開き直らないでください。まったくもう」
やれやれ、とため息をこぼして、美月は微笑みを浮かべる。
「優しくしてくれるなら、いつでもスッキリさせてあげますよ」
「その言い方はズルいな。今すぐ抱きたくなってしまう」
「今日はもうダメでーす」
「くっ。男心を弄びやがって」
「晴さんの本気で悔しそうな顔初めてみたかも……」
奥歯を噛みしめる晴に、美月は苦笑を浮かべる。
デートの約束もして、また甘えさせてもらって。
これでは、晴に沢山貸しができてしまう。
だから、
「(今度する時は、晴さんが満足するまでしてあげないとな。我慢させっちゃってるし)」
晴への日頃の感謝は、夜の方でお返ししようと密かに決めたのだった。
「……まぁ、私も我慢してるんですけどね」
「? 何の話だ?」
「なんでもありませんよ。さ、今日はもう寝ましょうか」
「そうだな。おやすみ。美月」
「えぇ。おやすみなさい。晴さん」
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