第212話 『 おやすみなさいのキスも込みで 』
「ねぇ、晴さん。私はどうしたらいいんでしょうか」
「知るかんなもん」
リビングにて。ハグしながらため息を溢せば、淡泊に返された。
「なんて冷たい人ですか。それでも私の夫ですか」
「主旨も伝えないやつが何を言ってるんだ」
「そこは愛の力で察してくださいよ」
「愛の力でも無理だからさっさと何に悩んでるのか言え」
はーい、と子供のように返事してから、美月は晴に己の抱く苦悩を吐露した。
「私の友達がですがね、最近急速にとある男子生徒と仲良くなったんです。しかも話を聞く限りだと脈ありみたいで。でもでも、その生徒には既に意中の相手らしき人物がいるんですよ」
「本題に入る前にちょっといいか。その登場人物たちに名前あるよな? なんで伏せてるんだ?」
「空気を読んでくださいよ」
やれやれ、と嘆息する晴。
「なら男の方はKくんで、女二人はTちゃんとMさんでいいか」
「隠す気ゼロですね貴方」
それ金城と千鶴とミケじゃん、と頬を引きつらせながらも、承諾しないと話が進まないので渋々納得することにした。
それから、晴は「それで」と前置きすると、
「そのKくんをTちゃんとMちゃんで三角形が出来てしまった……ないし出来そう、ってことか」
「流石はラブコメ作家さん。話が早くて助かります」
美月の苦悩の正体をすぐに看破した晴。ご褒美に頭を撫でてたら「やめろ」と不機嫌そうな顔をされた。
気を取り直して。
「いったい私はどっちの恋を応援したらいいんでしょうか」
「そもそも、当事者たちは自分たちが相手に『恋愛感情』を抱いてるって自覚はなさそうだがな」
「あはは。そうですね。あの人たち全体に鈍い、というより疎いですから。貴方よりも」
「しれっと俺を批判するな。はぁ、特にミケさんは重症だろうな。傍から見ればカップルに見える距離感でも、あの人にとってはただの友達としての距離感だろうし」
友達いなかったから恋愛と友達の境界線が他人と違うんだよ、と言う晴。やはり付き合いが長いだけあってかミケの性格をよく知っている。
「男にパンツ見られても恥じらいゼロだからなぁ、ミケさん」
「貴方だってパンツ見ても平然としてるでしょ。私覚えてますからね。ミケさんの部屋の掃除しに行ったときに「ミケさんパンツ落ちてる」って平然とした顔で指摘したこと」
「落ちてるパンツ如きで挙動不審になるか。まぁ、流石に履いてるやつを見たら多少は慌てるかもしれんがな」
「なら今度パンツだけ履いて貴方の前でうろうろしてみましょうかねぇ」
「その場合、俺はお前を襲うからな?」
「……やっぱりやめておきます」
「賢明な判断だ」
羞恥心で赤く染まった顔を逸らせば、晴は失笑をこぼした。
「あれ、何の話だっけ?」
「恋の三角形が出来てしまいそう、って話です」
「あぁそれだ。パンツのせいで忘れそうだった」
パンツの件は一旦保留にして、夫婦は逸れた話題を再開させる。
「ミケさ……じゃなかったMさんとTくんがまた仲良くなったことは知ってますし、このままいけばお互いにいい関係を築けるんじゃないか、と期待はしてるんです」
「それは俺も同じだ。あの人には幸せになってもらいたい」
晴はどちらかと言えば、冬真よりミケが幸せになることを優先している。
以前、晴が言ったことを思い出す。ミケと自分は似た者同士だと。それは性格ではなく、在り方が。
晴は小説に全てを掛けているように。ミケは絵に全てを掛けている。
ミケも晴と同じで、自分の決めた道に全てを注いだ人間だから――だから、晴はミケにも傍にいて支えられる人がいればいいなと願っている。
美月は。
「私は、友達の恋を応援したい気持ちの方が強いかもしれません。勿論、ミケさんにも幸せになって欲しいです」
我ながらに傲慢だと呆れる。
冬真と千鶴の恋の成長を見守るか。或は、冬真とミケの恋の行方を見届けるか。
可能ならば、三人平等に幸せになってほしい。けれど、現実は一人しか選べない。
「晴さんはどうしたらいいと思いますか?」
「恋愛経験がほぼゼロの俺になんて難題吹っ掛けてきてたんだ」
「貴方ラブコメ作家でしょう」
「ラブコメ作家が現実でもその効力を発揮すると思うなよ?」
「はぁ。それでもラブコメ作家ですか貴方は」
こいつ、と晴が頬を引きつらせる。
諦観した美月に晴は闘志に火でも点いたのか、数秒深く息を吐いたあと紫紺の瞳をジッと見つめながら言ってきた。
「お前がどれほど悩んでも無意味だろ。お前はその三角形には入ってない。つまり舞台に上がれてないんだ」
「それは、そうですけど」
「いいか。これが仮にラブコメなんだとしたら、ミケさんたちが主役でお前と俺はモブキャラだ。そんなモブキャラが今現在苦悩と葛藤をしている主役たちにできることはなんだ?」
「――――」
「邪推でもなければ傍観でもない。俺たちにできることは――せめて全員が報われるような結果になれるよう、そっと見守って、必要になった時に手助けするくらいだ」
「――っ」
晴の言葉に、美月は息を飲んだ。
モブキャラに目立った活躍はないかもしれない。一生スポットが当たらないかもしれない――けれどだからこそ、彼らの存在は物語には必要不可欠なのだ。
その理由は、いま晴が言葉にした全部だ。
晴から贈られたアドバイスを胸にしまいながら、美月はぽふっ、と晴の胸に頭を置くと、
「流石は天才作家さんですね」
「ご満足のいく回答は出せたかね?」
「はい。貴方のおかげで、自分が何をするべきか分かったような気がしました」
「なら良かったよ」
彼らの道が、例え自分たちの思い描くハッピーエンドにならずともその先へ続けるように。
美月が出来る事は、冬真に、千鶴に、ミケを見守ることだ。
これ以上、美月が彼らの物語を踏み荒らしてはいけない。これから先は、彼女たちが選び、決めていくものだ。
「どうやらこれ以上、私の出番はなさそうですね」
「そうか。なら俺たちは物語の端っこでひなたぼっこでもしてるか」
「それはそれで罪悪感があります」
「いいだろべつに。意外にも主人公たちが
「それ現実だったら虚無感が凄まじいですね」
「要するに気にするな、って話だ。だって俺とお前は既に結婚してるんだからな」
「ふふっ。それもそうですね」
たしかに、と美月は思わず笑ってしまった。
これがラブコメなら、今自分たちはどんな立ち位置なんだろうかとふと考える。
登場回数は多いだろうからレギュラーか。それとも準レギュラーなのだろうか。やはりただの主役たちの友達ポジションなんだろうか。美月としては、せめて準レギュラーくらいの立ち位置が欲しいと思っている。
いや、案外主役かもしれないな、とそんな妄想を膨らましながら、
「ね、晴さん。今夜は一緒に寝ていいですか?」
「構わん」
「おやすみのチューも込みで」
「今日はよく甘えてくるな。ま、好きなだけ甘えろ」
「ふふ。流石は私の自慢の旦那さんですね」
「そうなれるように努力はしてるからな」
夫婦は甘い夜を過ごすのだった。
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