第210話 『 昨日は健全だったから! 』


「さ、準備張り切っていこー!」

「「みっちゃんが元気だ」」


 放課後。やけにテンションが高い美月に千鶴と可憐は呆気に取られていた。


「最近露骨に疲れた顔だったけど、今日はなんで元気なの?」

「ふふふ。なんででしょーか」

「どうせ例の年上カレシにでも甘えさせてもらったんだろ」


 正解だよ、とわずかな恥じらいを含んで肯定すれば、可憐は呆れた風に嘆息して千鶴は感嘆としたように吐息をこぼした。


「で、何してもらったん?」


 文化祭で行う模擬店の設営の準備をしながら、可憐が聞いてきた。


「色々としてもらいました」

「ははーん。さてはチミ、昨晩はカレシさんの家にお泊りでもしましたね?」

「みっちゃん大人だ⁉」


 お泊りというか夫婦なので同じ屋根の下で暮らしているのだが、その事実は隠さなければならない為、ここは可憐の言葉に乗った。


「ま、まあそんな感じかな」

「淫れてますなぁ」

「ちょっと勝手に淫らにしないでくれるかな⁉ 昨日は健全だったから!」

「ほほぉ。昨日は?」

「あ」


 墓穴を掘った。

 おっとりとした目が名探偵のように鋭くなって、美月はたじろぎながら呟く。


「そ、そりゃ付き合ってますし(本当は結婚してるけど)……それなりに」

「お盛んですなぁ」


 あちぃ、と可憐がニヤニヤしながら見てくる。

 堪らず真っ赤になった顔を掌で覆えば、千鶴から「かわよ」と呟かれる始末。


「いいですなぁ。みっちゃんは甘えさせてくれるカレシさんがいて。私もカレシ欲しくなるなぁ」

「可憐は付き合ったらこき使うでしょ」

「当然。寄生して自堕落な生活を送る!」

「最低だ⁉ そんなじゃ一生カレシできないよ」

「今は募集してないんだなー。デートに時間割くくらいなら部屋でゲームとか漫画見てごろごろしてたい」

「夢がないなぁ、可憐は」

「ふふ。あえて言うなら、私の部屋こそドリームなのだ」


 キラン、と白い歯を魅せる可憐に美月は苦笑。


 まぁ、誰かと付き合うか否かは本人の自由だろう。今の時代、結婚が全てではないし。まぁ、美月は晴と結婚できて幸せな日々を送っているけども。


「ただ、私はみっちゃんとなら結婚したい」

「はいはい。どうせ家事ができるからでしょ」

「それもあるけど、みっちゃんほどいい女はこの世にはいないからな」

「え~。それは過大評価が過ぎない?」

「謙遜なさるな。みっちゃんは家事ができて相手に尽くすタイプ。おまけに可愛いから付き合ったら最後、男は他の女では満足できなくなる」


 それは流石に、と思ったが、


「現にキミと付き合っていた男子は皆、その後の恋愛が上手く続かなかったらしい」

「それはご愁傷様としか言いようがないね」


 可憐の言葉に、美月は辟易としながら返した。


 晴と出会う前の美月が冷めていたのは事実だ。けれど、ただ可愛いからとか身体付きがいいからなどと低俗な理由で交際を求めてきたのは男たちの方で、そして破局を言い渡してきたのも男たちの方なのだ。


「私はいま、凄く素敵な人と出会って充実した日々を送っております。なので元カレのその後なんて興味もありませんし知りません」

「おおぅ。怒ったみっちゃん怖い」

「怒ってないよ、これはそう……制裁だよ」

「尚更闇が深くなったな」


 何故か可憐が一歩引いた。

 心外だ、と思いながらも美月は脱力すれば、


「まぁ、丁度いい機会だし、文化祭の時はだん……じゃなかった晴さんと一緒に回ろうかな」

「百パー見せしめじゃん」

「そうだよ」

「みっちゃん。こえぇぇ」


 あっけらかんと言えば、今度は可憐がブルッと震えた。そんなに恐ろしいこと言っただろうか?


「私はみっちゃんを敵にしないことを今ここで誓います」

「何言ってるの。私はずっと友達でしょう」

「あねごぉ」

「うわぁ。同級生から姉御って呼ばれたくないなぁ」

「じゃあママ」

「もっと止めてくれる⁉」


 こんな風に友達と楽しく話せるのも、夫のおかげだと美月は内心で思う。


「(ありがとうございます、晴さん)」


 今は制服に隠れている結婚指輪に触れて、そんな感謝を手に乗せる美月――その傍らで、千鶴は羨ましそうに美月を見つめていた。


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