第209話 『 いつもより愛情ましましでお願いします 』
文化祭の準備も相まって最近は多忙を極めている。
家では家事全般を担っている美月だが、疲労が溜まるとそのやる気すらも低下してくる。
いつも晴からハグなりキスなりで充電させてもらってるとはいえ、美月だって人間なのだ。たまにはサボりたい、とらしくもない欲求に駆られて――
「メシ食いに行くか」
「…………」
帰宅するや否や、晴の言葉に美月は目を瞬かせる。彼はスマホをテーブルに置くと美月の鞄を奪いながら言った。
「今日はゆっくり休め」
「……でも、家事をするのが私の務めですし」
わずかな罪悪感を覚えながら言えば、晴は呆れた風に嘆息した。
「露骨に疲れてるやつを見て労働を強いるバカがいるか。それに俺はお前の夫だぞ。妻の体調を気遣うのは当然だ」
いつぞや美月が晴に送った言葉だ。
それ思い出してたじろげば、晴はぐっと顔を近づけながら続けた。
「俺はお前に家事を任せているが、無理しろとは一言も言ってない。サボりたい時はサボりたいって正直に言え。いつもはハグとかキスは注文多いくせに、こういうことは我慢するんだなお前」
「……うぐっ」
晴からの正論は余計に心に刺さる。
逃げるように視線を逸らせば、晴は二度目のため息を落とす。
「文化祭の準備にバイトに家事……そんなハードな生活送ってたら疲労困憊になるに決まってる。お前、俺よりハードな生活送ってるだろ」
「貴方ほどストイックではないので」
「だとしてもハードであることに変わりはない。お前がぶっ倒れたらどうするんだ。俺は華さんに締め殺させるかもしれないだろ」
「それは……無理した自分が悪いので晴さんがお母さんに怒られる謂れはありません」
「お前がそう思っていたとしても、華さんはそう思わない。一緒にいるのに相手を見ていなかったと疑念を抱くはずだ。それは御免だし俺も勘弁だ」
やれやれ、と肩を落とした晴。
「お前がいつも懸命に俺の為に尽くしてくれるのは感謝してる。だからこそ、辛かったり疲れた時は我慢せず言ってくれ。なんでもするから」
「でも、晴さんだって忙しいでしょう?」
「お前ほど忙しなくない。スケジュール組んでるし、予定の調整くらい造作もない」
「デートは渋るくせに」
「それはただ単に外に出たくないだけだ。あと、最近は休日はお前に付き合ってるだろ」
たしかに、と美月は小さく笑う。
それから、晴はぽん、と頭に手を置いてくると、
「今日はもう何もしなくていい。ゆっくり休め」
「いいんですか?」
「いいに決まってる。それに、お前はしっかり者だがまだ十七歳だ。若いのに無茶し続けたら早死にするぞ?」
「貴方がいいますかそれ」
「言う。お前に早死になんかされたら困るからな」
「私だって貴方に早く死なれたら困ります」
ぎゅ、と抱きつきながら言えば、晴は微笑を浮かべた。
「なら、お互い支え合わないといけないな?」
「……そうですね。なら、今夜は貴方に甘えてもいいですか?」
「好きなだけ甘えろ」
「優しい」
「なに、夫としての当然の務めだ」
「大好き」
「知ってる」
照れもなく、晴は素っ気なく返す。そこは照れるべきでは、とは思うものの、美月にはそれで充分だった。
だって、こうして晴は美月のことを想いやってくれるから。
自分が疲れていると察して、すぐに配慮を払ってくれる。
だから、心の底から晴と結婚してよかったと思えるし、好きでいられるのだ。
「貴方は世界で一番の旦那さんですね」
「どうだろうな。家事は全くできないから大した夫ではないと思うが」
「むぅ。そんな卑下なんかせず、素直に受け取ってくださいよ。褒めてるんですから」
「ふ。そうだな。なら、素直に受け取っておくことにするか」
微笑む晴に、美月は愛しさをこぼしながら見つめる。
それから、美月はさっそく素直に晴に甘えてみた。
「なら今日はお言葉に甘えて。お風呂を一緒に入って、一緒に寝ましょう」
「いいぞ」
「髪も乾かしてください」
「お前の髪乾かすの好きだから構わん」
そう。晴はなぜか美月の髪を乾かすのが好きなのだ。晴曰く、櫛で髪を梳かすのが好きなんだとか。
「その後はマッサージしてください」
「満足するまでやってやる」
「それが終わったらハグとキスを」
「いつもと同じでいいか?」
それは勿論。
「いいえ。今夜はいつもより愛情ましましでお願いします」
「どうやら疲れてると甘える量も増すらしいな……ま、日頃の礼も兼ねて、満足するまでやってやるか」
美月の要望の多さに辟易としながらも頷いた晴。
そんな旦那の懐の大きさに、美月は「やった」と破顔するのだった。
―――――――――
【あとがき】
こんな可愛い奥さんなら死ぬ気で甘えさせたい。
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