第208話 『 では行きましょうか――冬真くん 』


 休日。買い物デートに外出していると、見慣れた人物とばったり遭遇した。


「あれ、ハル先生と美月ちゃんじゃないっすか」

「ミケさん。こんにちは」

「こんにちわっす!」


 小さく会釈すれば、ミケはにぱっと笑って返した。

 それから、晴は視線をミケから逸らすと、


「金城くんも、こんにちは」

「こんにちは。ハル先生。美月さん」

「こんにちは」


 礼儀正しく挨拶する冬真に美月はひらひらと手を振る。

 挨拶もひと段落すれば、晴は数日前までぎくしゃくしていた二人を凝視した。


「? なんすか、ハル先生。そんな私たちをジロジロ見て」

「いえ……その、二人でお出掛けの最中なのかなー、と」


 ぽりぽりと頬を掻きながら言えば、ミケは「そうっすよ」と相槌を打った。


「今から今日発売された新作ゲーム買いに行くんす」

「珍しい。ミケさん、家庭用ゲームなんてやらないですよね?」

「そうっすね。だいたいソシャゲが多いっす」


 でも、と一度言葉を区切るミケ。それから彼女は冬真を一瞥すると、嬉しそうな、少し恥ずかしそうな仕草を魅せながら言った。


「今は一緒にゲームしてくれる人がいるんで」


 なにその表情。


 照れながら答えたミケに、晴は目を瞬かせた。そして、不意に隣から腕が伸びてくる。


「……晴さん! なんですか今のミケさんの表情!」

「一瞬女の顔してたな」

「ですよね! え、もしかしてですけど、あの二人ついに……」


 それは美月の邪推かもしれないが、その可能性も否定し切れなかった。


 晴も、あんなミケが照れた表情を初めて見た。なので、当然二人の関係値も気になる。


 これは、聞いてもいいのだろうか。


「二人でこそこそ何話してるんすか?」

「はは。ちょっと美月がお腹痛いからトイレに行きたいって言いだして」

「そんなこと一言も言ってませんよ!」

「ぐふっ⁉」


 誤魔化そうとしたら思いっ切り美月に腹を殴られた。

 たまらずその場に跪く晴に代って、夫をノックダウンさせた妻が質問する。


「ええと、私の勘違いだったら謝るんですけど、二人はつい最近まで、ちょっとぎくしゃくしてましたよね?」

「にゃはは。そうっすね。ちょっとだけ、こじれてたっす」


 美月の問いかけに苦笑しながら応じるミケ。

 けれど、ミケは「でも」と苦笑を微笑みに変えて言った。


「ちゃんと話し合ったおかげで、ちゃんと仲直りできたっす」

「そうなんですね」

「うん。その節はありがとうね、美月さん」

「気にしないでいいよ。私はただ冬真くんの話を聞いてただけだから。微力でも力になれたならよかった」


 ありがとう、と頭を下げる冬真とミケに、美月は微笑を浮かべた。


「……どうやら付き合い始めた訳ではなさそうだな」

「そうみたいですね……お腹はもう大丈夫なんですか?」

「まだ痛い。あとで覚えてろよ」

「ゆ、許して貴方?」

「ダメだ。家に帰ったら仕返しする」


 ようやく美月に肘打ちされた痛みも引いてきて立ち上がれば、晴はじろりと美月を睨んだ。


 頬を引きつらせる美月を尻目に、晴は視線を二人に戻すと、


「それじゃあ、今日は仲直りの証に一緒に買い物に来た、ってことですか?」

「そう、なるっすかね。これからゲーム買って、一緒にご飯食べてから家に帰る予定っす」

「……それもう同棲じゃね?」

「野暮なことは言わないでおきましょうか」


 やってることが完全にカップルの休日の過ごし方だが、美月にしっ、と口止めされたので黙っておくことにした。せっかく仲直りした二人の関係を、晴と美月のせいでもう一度ぎくしゃくさせるのも嫌だし。


 夫婦思考を読み取って理解していると、ミケが「あっ」と声を上げて。


「せっかくならお二人も一緒に来ないっすか? デート中なのは見て分かるっすけど、皆でお買い物した方が楽しいすっよね。こんな機会滅多にないっすし」

「そうですね……」


 ミケの提案に晴は視線を美月に移せば、小さく首を横に振っていた。

 おそらく、美月も晴と同じことを思っているはずだろう。


「嬉しいお誘いですけど、今日は止めておきます」

「そうっすか。まぁ、奥さんとの時間を優先するのは当たり前っすよね」

「そうですね。妻との時間を大切にしないと、あとで叱られるので」

「にゃはは。美月ちゃん、ハル先生のこと大好きっすねぇ」

「……は、はい」


 にまにまと悪い笑みを浮かべながら言ったミケに、美月は恥じらいながら肯定した。


 二人きりの時は「愛してますよ」と堂々と言うくせに、と胸中で思いながら、晴はミケに向き直ると、


「それじゃ、今日はこの辺で失礼します。金城くん。ミケ先生との買い物楽しんでね」

「は、はいっ。ミケ先生は責任を持って送り届けます」

「ははっ。期待してるよ」


 敬礼する冬真に微笑を浮かべながら、晴は美月の手を握った。


「よし、行くか」

「そうですね、行きましょう」


 ほんのり頬が朱い妻と歩きだそうとした――その瞬間だった。


「では、私たちも行きましょうか――冬真くん」

「はいっ。ミケ先生!」

「「――んっ⁉」」


 思わず足が止まった。

 目を剥く晴と美月を、ミケははて、と小首を傾げながら見つめる。


「? どうしたんすかお二人とも」

「「……いえ何も」」

「そうっすか。それじゃあ、デート楽しんでくださいっす」

「「……は、はい」」


 ひらひらと手を振りながら夫婦の横を去っていくミケと冬真。

 そんな二人の後ろ姿を眺めながら、


「今ミケさん。金城くんのこと名前で呼んだよな?」

「はい。聞き間違いかと思いましたけど、晴さんも聞いたのなら聞き間違いじゃないです」

「……なぁ、あの二人凄く睦まじく見えるんだけど、本当に付き合ってないんだろうか?」

「つ、付き合ってないんじゃないんですかね。確かに雰囲気はもうカップルですけど」


 イラストレーターとアシスタントの楽しそうな背中を眺めながら、晴は呟いた。


「やっぱり、恋愛って難しいな」

 

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