第206話 『 メール間違って送っちゃってるじゃないっすかぁぁぁぁぁ⁉ 』


「――んにゃ?」


 再び目が醒めれば、ミケはいくらかマシになった吐き気と頭痛にうめきながら天井を見つめた。


「あ、よかった起きてくれて」

「――っ⁉」


 馴染み深い声が聞こえるや否や、ミケは慌てて上半身を起こす。


 ずきっ、と頭に痛みが走るもそれを無視して振り返れば――なんとアシスタントの冬真が隣に座っていた。


「な、ななななんで金城くんがいるんすか⁉ え嘘もうそんな時間⁉ ……いやまだ一時やん⁉」


 バタバタするミケ。


 困惑しながらスマホの電源を点ければ、時刻は十三時とまだ真昼間だった。


 この時間ならまだ冬真は学校にいるはずだ。そして改めて見れば、彼はしっかりと制服を着ていた。


「……あー今日はもしかして午前授業だったんすか?」

「? いいえ。普通に午後もありますけど……」

「それならどうしてココにいるんすか⁉」


 きょとん、とした顔で答える冬真に、ミケは目を白黒させる。

 学校が通常通りにも関わらずミケの家に来るなんて只事ではない。


「はっ⁉ まさか仕事が片付かなくてそれで早退せざるを得なかったとか⁉ いやでも部屋の掃除をお願いしてるだけだし……でもでもこの子は真面目だから学校よりアシスタントの方を優先する可能性も⁉」 

「あ、あの~」

「うがぁぁ大人して情けないばかりっす~~っ」


 彼を無意識のうちに追い込んでいたことに自責の念を覚えるミケ。そんな自分を戒めるように頭を掻いていると、不意に「あの!」と大きな声が耳朶に届いた。


 ビクッ、と肩を震わせて何事かと振り返ってみれば、冬真が困ったような顔をしていて。


「ミケ先生、もしかして覚えてないんですか?」

「ほえ?」


 冬真の言葉を全く理解出来ずに首を捻れば、彼は苦笑しながらスマホをポケットから取り出した。


 それから、しばらく無言でぽちぽちとスマホを操作すると、ミケの目の前に〝とあるメッセージ画面〟を見せつけてきた。


「お昼くらい前にこんなメールがミケ先生から送られてきて。それで、慌てて早退したんですけど……」

「あ、あれ⁉ あれれ⁉ あれれれ⁉」


 バッ、と冬真からスマホを奪うと、ミケは目を白黒させながらスマホを凝視する。


 冬真のスマホ。そのメッセージ画面には――【へるぷみー】とどこか見覚えがあるメッセージが載っていた。


 そんな内容のメッセージを送った記憶は、たしかにあった。でもそれは冬真にではなく晴だったはずで。


 途端。もしかして、と嫌な想像が脳裏に過る。


「(もしかして私、メール間違って送っちゃってる~~~~~~~~っ⁉)」


 晴に送ったはずの救援要請を、誤って冬真に送ってしまったのだ。


 意識が朦朧としていたから。そんなのは何の言い訳にもならない。一応は成人して社会人として生活しているのに、こんなマヌケな失態を犯してしまうとは恥ずかしくて死にたくなった。


「……とりあえず、マジすまないっす金城くん」


 土下座した。


 こんな体調管理もろくにできないダメ女のせいで学校を早退させてしまったのだ。謝罪するのは当然だろう。


 頭を布団に擦りつけるミケに、冬真はおろおろとしながらフォローしてくれた。


「気にしないでください。間違えてメールを送る、なんてたまにはありますから」

「優しい! けど今は慰められるほうが返って心にくるっす……っ」

「えぇ」


 人の失敗を責めない性格なのは立派だが、相手に非がある場合はしっかり反省を促すくらいの叱責はしてもいいと思う。勘違いしないで欲しいのは、ミケが罵倒を浴びせられて興奮する性趣向の持ち主ではない、ということだけ。


 ともかく、ミケの誤送信のせいで冬真を早退させてしまった訳だ。その上仕事をさせる、なんてさせたら間違いなく神様から罰が当たる。


「来てもらってなんですけど、今日はもう帰っていいっすよ」


 気まずそうに言えば、冬真は「え」と物寂しそうな声を上げた。


「……でも、ミケ先生体調悪いんですよね?」

「それは昨日調子に乗ってハメを外した自己責任なんで。なので、これは自分で治すっす」


 食い下がる冬真に、ミケは取り繕った笑みで帰宅を促す。


 これでいいのだ。


 何か言いたげな顔をする冬真。彼が奥歯を噛んでいる様を、ミケは見て見ぬ振りをしながら手を伸ばせば、ミケはその手で自分のアシスタントを突き放そうとする――だが、


「すいません。ミケ先生。このまま帰る訳にはいきません」

「――っ」

「僕、先生とお話したいことがあるんです」


 真剣な瞳に、ミケは息を飲む。

 ドクン、と心臓が跳ねたあと。

 息を整えて、彼の決意に向かう覚悟を決めた。


「……なんすか?」


 ひどく穏やかな声音と、儚げな笑みはこの関係の終わりを悟って――。

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