第204話 『 詩織、逝きまーす! 』



 己の膝を抱く女性を目の前に、詩織は戸惑う。


「(どんな言葉をかけるのが正解なのだろう)」


 ミケはきっと、冬真に特別な感情を寄せている。

 それは恋情にも捉えられるし、友情にも思えた。

 恋バナ、なんて生ぬるい話ではないと悟る。


「ミケ先生って、一度も恋愛したことないんですよね」

「……そうっすね。生まれてこのかた一度たりとも、異性に対して興味を持ったことはないっす。まぁ、二次元にならたくさんありますけど」

「安心してください。私もですから」


 自嘲するように笑ってみせるミケに、詩織も苦笑を浮かべながら共感する。


 ヲタクは二次元のキャラクターにはすぐに一目惚れするくせに、現実では全く異性に興味関心が涌かないのだ。無論、それにも例外はあるが。


 けれどミケはそれに該当していて、これまで現実の男性という生き物に特別な感情を抱かなかった結果、こうして自分の感情にコントロールが効かなくなってしまった訳だ。


 だから、ミケは逡巡している。


「ミケ先生にとって、金城くんがとても大事な存在だということは理解しました。だからこそ、ここで一度、気持ちをハッキリさせた方がいいと思うんです」

「ハッキリさせる?」


 はて、と小首を傾げるミケに、詩織は真剣な目を向ける。


「私がいま聞く限りだと、ミケ先生は金城くんとイラストレーターとアシスタントという関係よりも、もっと仲のいい……それこそ友達に近い関係になりたい、って言ってる気がするんです」


 あるいはそれ以上か。


「違いますか?」

「分からないっす」

「あはは。これは重症だぁ」


 どうやらミケは、恋愛どころか友達の定義まで疎いらしい。まぁ、詩織も友達の定義なんてものは分からないけど。


「なら今夜は、ミケ先生が金城くんと一緒に居る時の気持ちを全部聞かせてもらいます」

「そ、それはなんだか恥ずかしいっす」

「やだ恥じらうミケ先生可愛い……じゃなくて、必要なことですから」


 それから詩織は「いいですか」と指を一つ立てて続けた。


「いま、ミケ先生は自分の気持ちを整理する必要があるんだと思うんです。そうじゃないと、ずっと胸に違和感が残り続ける気がします」

「それは嫌っす! 絵が描けなくなる!」

「だからこそ、一旦彼への気持ちをきちんと確認しましょう」


 こくこく、と力強く頷いたミケ。


 ミケはこのヲタクにとっての神様だ。この人の絵が見られなくなるのは大勢のファンが嘆くだろうし、彼女のアシスタントで大ファンでもある冬真が寝たきりになってしまうかもしれない。それに、詩織だってミケのファンの一人なのだ。彼女が描いたソシャゲキャラに天井ガチャを回したくらいだ。


 そんな神が絵を描けなくなる、なんて事態はあってはならない。


「(金城くんの為にも、ここは年上の私が一肌も二肌も脱がなきゃな。……明日仕事だけど、いける⁉ 否、詩織、逝きまーす!)」


 友達には笑顔でいて欲しいと、そう願っているから、覚悟を決める。

 そんな覚悟を胸に宿して、詩織はミケの肩を叩いた。


「そんな気張らなくていいですよ。お酒もたくさん買ってきたんで、楽しみながらやっていきましょうよ!」

「心強いっす詩織ちゃん!」

「こういうのは、ぱーっとやった方が気楽なんですよ! それが女子会ってもん!」


 重い空気は大嫌いだから、酒とつまみと酔いでぶっ飛ばす。


 ――それでミケの不安も拭えるなら、明日の二日酔いくらい安いもんだと思った。

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