第200話 『 黒猫の懊悩 』


「随分と楽しそうに買い物してるな」

「……みたいですね」

「そうっすね」


 こっそりと尾行を続ける三人は、睦まじい冬真と千鶴の様子を棚の隙間から覗いていた。


「男女の距離感がイマイチ分からんのだが、あれはもう恋人なのでは?」

「う~ん。でもあれくらいの距離感で付き合ってない人たちよく見ますよ」

「まぁ、ラノベでも付き合ってないのに異様に仲いい男女はよくいるしな。そのじれったさが読者からウケるし」

「ですから私の友達で小説作るのやめてくださいよ」

「なら、帰ったら酒のつまみにでもするか」

「貴方お酒飲まないでしょう」


 また夫婦が頭上で口喧嘩を始めて、呆れて嘆息がこぼれる。

 ミケは頭上の夫婦喧嘩を無視して冬真と千鶴、二人の様子の観察を続けた。


「(金城くん、楽しそうっすね)」


 やはり、同年代の友達の方が気楽なのだろうか、そう思惟してしまう。


 自分といる時の彼もよくあんな風に笑ってはくれる。だが、なぜか今の彼の方が活き活きしているように見えた。


 彼は優しいから忖度はしない。そう頭では分かっているが、けれど心が頭と乖離している。


 どうしてなのだろうか。


 彼が友達と楽しそうにしているのは嬉しいことだ。そのはずなのに、心の奥底で醜い感情が蠢いているような気がして仕方がない。


「――ん――さん――」


 見たくないと願っているのに、けれど視線は二人から離れない。


 ――なんで?


 分からなくて、苦しかった。


「――ミケさん」

「うわっ。なんすかハル先生」


 声を掛けられていることに気付いて、慌てて振り返れば、晴が怪訝な顔をしていた。


「なんすか、じゃなくて……大丈夫ですか?」

「? 何がっすか」


 言葉の意味が分からず首を傾げれば、晴は重い吐息を落とした。

 それから晴は美月に顔を向けると、無言で何かを伝えていた。


 流石は夫婦といったところか、言葉なくとも晴の思惟を読み取った美月が首を縦にふると、晴も相槌を打つ。


 そして、視線は再びミケへ。


「そろそろ尾行はやめて帰りましょうか」

「……でも」

「金城くんなら心配ないでしょう。見るからに楽しそうにしてますし」


 抵抗する素振りをみせれば、晴は落ち着いた声音で淡々と諭していく。それに、美月も加勢する。


「そうですよ。千鶴も悪い子ではないので安心してください。それに、晴さんがアイス奢ってくれるそうですよ」

「おいこら。勝手に決めるな」

「とか言いつつ奢るくせに」

「べつに構わんが」


 やっぱり、と微笑む美月。

 美月はミケに振り返ると、そのままミケの手を引いて歩き出してしまった。


「――まっ」


 繋がれた手を、振り払うことは簡単だ。

 けれど、ミケはそうすることはなかった。


「――――」


 少しずつ、ミケは冬真から離れていく。それと同時、心には安堵が広がっていく。その中に斑点のような不安ができて、感情がぐちゃぐちゃになる。


 遠く。離れていく光景に宿す感情の正体。


 それは羨望と嫉妬。


 けれど、恋を知らない黒猫はその感情を知ることも、ましてや触れることすらできなかった――。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る