第199話 『 そういえば四季さんて、小説とか読むの? 』



「うわっ! なにこれめっちゃあるじゃん!」


 目的地はヲタク御用達の専門店。


 アニメの円盤やグッズ、雑誌やマンガ本も完備されている非常に優れたお店だ。

 そこで冬真と千鶴の二人は現在、ライトノベルコーナーに足を運んでいた。


 店の端から端を埋め尽くすラノベの量に圧巻される千鶴に冬真は嬉しそうに微笑みながら、


「さっ、さっそく四季さんの好きそうな本を探そうか!」


 わくわくしていた。

 そんな冬真とは対照的に、千鶴はぽりぽりと頬を掻きながら苦笑を浮かべている。


「そうは言ってもこの量だしなぁ。私が気に入りそうな本見つかるかな……」

「僕がいるから大丈夫!」

「凄い自信だな。頼りになるけど、ちょっときもいな」


 何か失礼なことを言われた気がするも、千鶴にオススメしたい本を探すのに夢中で冬真の耳には入ってなかった。


 そんな訳で、二人のデート――ではなく、ラノベ選びが始まった。


「そういえば四季さんて、小説とか読むの?」

「まったく読まない!」

「……なんて堂々した返事だ」


 自信満々に答えた千鶴に、冬真はあはは、と頬を引きつる。


 なら、初めは硬派なものより、読み易くけれど面白い作品に絞った方がよさそうだ。


「それじゃあ、今日はシリーズものより短編ものを探そうか」

「なんで?」


 小首を傾げる千鶴に、冬真は簡潔に説明していく。


「下手にシリーズものを買って飽きるより、短巻のものを複数買った方が色々と楽しめるでしょ」


 たしかに、と千鶴は感嘆としたように相槌を打った。


「それにほら、四季さんは小説初めて読むんでしょ?」

「失礼な。初めてではないよ。とは言っても読感文の時に読んでたくらいだけど」


 たぶん嫌々だろうな、と冬真は内心で苦笑。


 千鶴はきっと小説よりマンガ派だ。マンガはキャラクターの心理描写や情景を絵で表現できるから、やはり小説に比べて圧倒的に読み易い。


 小説は文章で物語を創る世界。その素晴らしさを知ってもらう為にも、やはり最初は短編でさらに千鶴が好きな作風からチョイスした方がいいだろう。


「四季さんてマンガは読む?」

「そこそこ読む」

「じゃあ、その中で好きなジャンルは何?」

「う~ん。バトル系?」

「意外……でもないか」

「おっとそれはどういう意味かな金城くぅん? 私が血に飢えている女とでも言いたげじゃないか~」

「そういうつもりで言ったんじゃないよ⁉」


 睨んでくる千鶴に冬真は慌てて首を横に振って弁明する。


「女子だって激しいバトルもの好きだから! 特にそういう系には男子と男子の絡みが多いから妄想が捗るもんね!」

「変な嗜好を押し付けんな⁉ なんで私が男子と男子がイチャイチャするところ見て興奮するんだよ⁉」

「やめれぇ」


 顔を真っ赤にしながら、千鶴は冬真の身体を揺さぶった。


 ヲタクはなんでも百合とかBL展開に持っていきたがる生き物なのだ。異論は認めるが。


 ただ、どうやら千鶴には特殊な性癖はないようで、単純にバトルものが好きなのは見ていて面白いから、らしい。


 身体を揺さぶられたから吐き気と眩暈を覚えつつも、それを飲み込んで冬真はラノベを探し始めた。


「と、とりあえず今日は四季さんの好きなバトル系のやつにしようか」

「ふーん。小説にもそういうジャンルがあるんだな」

「勿論だよ! ファンタジーに異世界もの、ミステリーにラブコメ……数多の作品と可愛いヒロインがこの世界には存在してるんだ!」

「なんか、ここに来てから金城テンション上がってね?」

「そ、そんなことないよ……」


 ヲタク特有の〝好きなものを饒舌に語る〟様を魅せれば、千鶴が呆気取られていた。


 いけない、と躍る心を落ち着かせながら、冬真は顎に手を置くと、


「四季さんにはどんなラノベがいいかなぁ」


 前述の通り、小説には数多くのジャンルが存在する。ほのぼのしているものもあれば、エロやグロといった過激なシーンが多く描写されている作品もある。


 ファンタジーだって、世界観によってさらに枝分かれする。現実か非現実なのか、学園ものか異世界か。これだけで四パターンもできてしまうのだ。


 千鶴はラノベ初心者なので、今日はマイナーではなく王道の方がサクサク読み進められるだろう。


 千鶴も冬真が選んでいるのを興味津々と眺めていて、その視線に緊張しながらも冬真はとある一冊を手に取った。


「そうだな。これなんてどうかな?」

「なになに……【超英雄戦記~異世界召喚された俺が凡庸スキルだけで成り上がる~】タイトルなが」


 露骨に嫌そうな顔する千鶴。

 まぁ、ラノベ初心者がタイトルの長さに疑問視するのは当然の反応だろう。

 しかし、タイトルが長いことにも意味があるのだ。


「四季さんが難色を示すのも無理はないと思うよ。でもね、これって読ませる側にとっては大事なことなんだよ」

「どういうこと?」

「端的にいえば、タイトルでこれがどんな作品なのか読者に一目で理解させられるんだ」


 迂遠な言い回しや捻りは一切なく、直球かつロングタイトルの方が読者の目を惹きやすい。それに、タイトルで本の内容を紹介すれば読者は設定と世界観を最初から頭にインプットした状態で読み進められる。


 そういう経緯で今のラノベはタイトルが長いのが多い。圧倒的に。

 そして、冬真の説明を聞いた千鶴も「なるほどな」と頷いて、


「たしかに金城のおかげでこれがどんな作品なのかなんとなく分かった」

「でしょ」

「不思議だな~」


 感慨深そうに吐息する千鶴に、冬真は自慢げに胸を張った。


「よしっ、ならこれ読んでみるか!」

「即決⁉ もうちょっと悩んだりしないの?」


 千鶴の思い切りのよさに呆気取られれば、彼女は「だって」と笑って。


「金城がおススメしてくれたんだし、面白いやつなんでしょ?」

「……それはそうだけど」


 曖昧に頷けば、千鶴はにしし、と白い歯をみせて、


「それに金城が選んだやつなら間違いないでしょ」

「どうしてそこまで信用できるのさ?」

「だってヲタクじゃん」

「動機が曖昧だあ⁉」


 冬真がヲタクというだけで買うと即決する千鶴はやっぱり陽キャだった。


 そこはもう少し悩むべきでは、と思いながらも、千鶴が買うと決めたのならこれ以上何も言うまい。


「それにあと何冊か買うつもりだし」

「……どれくらい買うつもりなのさ」

「う~ん。あと四冊くらい?」


 どうやら結構買う予定のようだ。

 嬉しくもあるが、見飽きたりしないか心配にもなってしまう。

 そんな懸念を抱く冬真に、千鶴は「だからっ」と笑みを向けながら、


「引き続き、金城のオススメを紹介してくれ」


 そう言われてしまっては、応えるのがヲタクという生き物で、冬真の性分だった。

 大変そうだな、と胸中ではそう思うのに、なぜか口角は上がっていて。


「任せてよ。四季さんが楽しめるようなラノベ。僕が絶対見つけてあげるから」

「うん。じゃ、引き続き頼むよ、金城」


 なんとも頼もしい返事をしたのだった。


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