第197話 『 あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんだろ 』
「およ? もしかして美月ちゃんの友達っすか?」
「……はい」
冬真の隣に並ぶ少女の名前を呼んだ美月に振り向けば、彼女は唖然としながら頷いた。
誰も知らない人ではなかったという安心感と同時、美月の表情にわずかな不安が募る。
「あー、そういえばお前の修学旅行の写真見せてもらった時にいたな、あの子」
「言われてみればそうっすね。私も見覚えあるかもっす」
目を凝らしている晴の呟きに、ミケも記憶が蘇ってくる。
冬真が楽しそうに語っていた修学旅行の思い出。その写真の一枚に、眼前と同じ髪色をした少女が映っていた。
「(金城くんの隣にいた子っすね)」
こういう思い出が自分も欲しかった。そう羨ましく思っていたからこそ、ミケは鮮明に少女のことを覚えていた。
ぎゅっ、と無意識に壁を掴む手に力が籠ると、頭上から美月の怪訝な声が聞こえる。
「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんだろ?」
「その言い方だと、前はそんなでもなかった感じだな」
晴と美月の会話に意識を傾けながらも、視線は冬真と少女に注がれる。
「はい。ただ、修学旅行で千鶴が冬真くんを気に入ったみたいで、おまけに席替えで二人隣になったんです。それでよく楽しそうに話してるところを見かけることがありました」
「なんだその古典的なラブコメ展開は。超面白いじゃん」
「ちょっと、私の友達で変な想像するのやめてください」
ぺしっ、と腕を叩かれた晴が不服そうに口を尖らせる。
それから晴はふぅ、と一拍吐くと、美月とミケが思惟している現状を簡潔にまとめた。
「つまり、修学旅行やら学校行事で二人は急速に仲良くなった、という訳だ」
まるで他人事のように――否、晴にとっては他人事でしかない。客観的に、俯瞰的に現実を語る晴。
それにミケは、どうしてか胸騒ぎが収まらない。
また、ぎゅっと壁を掴む手に力が籠る。
「ミケさん。大丈夫ですか?」
「――ぇ」
不意に耳朶を震わせた晴の声に、身体がびくっと震えた。
慌てて我に返れば、ミケは「はいっす」と頷いて、
「全然大丈夫っすよ。というか、ハル先生は何の心配してるんすか?」
「いえ、少し顔色が優れないなと思いまして」
「? どこがっすか。今日は朝ご飯ももりもり食べたんで、むしろ元気いっぱいっす」
そう言って笑みをみせれば、晴はしばらくミケを無言で見つめる。
何故か、その瞳から目を背けたくなった。
それでもジッと耐え続ければ、数秒後に晴は嘆息して、
「そうですね。俺の勘違いだったみたいです」
何かを飲み込んだように、晴は視線を戻した。
その瞬間だった。美月が「あっ」と声を上げる。
「二人、移動しましたよ」
「よし。俺たちも移動するか」
「……はいっす」
冬真と、そして千鶴と呼ばれる少女がゆっくりと歩き始めて、ミケたちも気づかれないように追いかける。
その間際。ミケは逡巡する。
「(やっぱバレちゃいましたかね)」
意図的に視線を逸らされたあの時、ミケは察した。
言葉を飲み込んだ晴。おそらく、晴はあの時にミケが知らない感情に触れたのだろう。
晴が人よりも洞察力の鋭く、こちらが気付かないような些細な変化にも察知する人間だということをミケは知っている。
付き合いは妻である美月よりも長く、波長も似ているからミケもなんとなくであるが晴の思考が分かる。
あの一瞬だけで、晴はミケが知らない感情を理解して、そしてミケは理解されたことだけを理解した。
この胸のざわつき。その正体を晴はきっと知っているのだろう。けれど、ミケは依然として分からないままだった。
「(ハル先生は優しいから、たぶん教えて、ってお願いしたら教えてくれる)」
答えを晴に求めるのは簡単だ。
彼は小説家で、恋愛をテーマにした小説を書いている。だから当然、そこにある感情を捉えるのが得意だ。
懇願すればきっと、丁寧に教えてくれる。
でも、それを躊躇うのは、誰でもないミケ自身だった。
――どうして、こんなにも彼が自分以外と笑っているのが嫌なんだろう。
今。眺めている景色。笑い合う冬真と千鶴を眺めながら――ミケは焦燥に駆られる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます